ifの奇跡
ガチャッ

その音に後ろを振り返ると、まだ眠そうな顔をしたあの人が部屋から出てきた所だった。


「…おはよう」


黙って私の横を通り過ぎ洗面所に向かう彼に声をかけた。

寝起きで更に機嫌の悪そうな彼から優しい返答なんて初めから期待はしていない…。

ただの義務的な朝の挨拶をしただけ。


「……はよ」


本当はそんな機嫌の悪そうな声も朝から聞きたくもない…。

だけど、この生活を保っていく上での必要最低限の夫婦の挨拶さえしなくなったら、この家の中ではテレビの声しか聞こえてこなくなるだろう。

顔を洗い終わった彼がダイングテーブルの椅子に座ったところで彼の目の前に、炊きあがったばかりのご飯とあたたかいお味噌汁を置いた。


「頂きます」


彼が朝食を食べている間に洗濯機を回し、お風呂掃除を済ませて台所に戻ると、ちょうど食べ終わった彼が私の方に視線を向けて


「ごちそうさま」


と声をかけてくれた。

彼の言葉が少しだけ優しく響くのはこの時だけ…。

彼は立ち上がると茶碗を下げ、もう一度洗面所に行き歯磨きを始めた。

それから自室に戻りスーツに着替えた彼が部屋から出てきた。
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