不思議な眼鏡くん
しばらく無言で、写真の仕分けを行った。とにかく膨大な量の写真をとったので、営業で使えるもの、社員に記念で配布するもの、広報へ渡すものをフォルダ分けしていく。

営業部の半分の電気が消えた。

「営業一課はもういませんから」
ドアのところで一課の社員が声をかけてきた。
「最後の人、戸締りお願いします」

「はい」
咲は返事をして、それから隣の響を見た。

あの唇がなんどもわたしにキスをした。舌を入れて、甘い言葉をささやいた。

好きな人がいるなら、なぜわたしを抱いたの?
あんな風に、優しくする必要はなかったんじゃない?

営業部には今、二人だけしかいない。

話しかけたら、どんな顔で喋るんだろう。
「後輩」それとも「ただの男」として?

「田中くん」
キィと椅子が軋む音がして、響がこちらを向いたのがわかった。

「なんですか?」
感情は読み取れない。

咲は思い切って、響に体を向けた。

「さっきはみんなの前でキツイことを言ってごめんなさい」
「どうして謝るんですか? 上司として当然のことをしたまでですよね」

響の目で見られると、咲の心はあっという間に奪われる。響で全部を満たされてしまう。

「鈴木さんの言ってることは、正論です。あのときは俺がわがままを言っただけ」
響はそう言って、立ち上がった。

「俺、帰ります。鈴木さんは、飲み会楽しんできてください」
ジャケットを羽織り、カバンを持つ。

咲は思わず「待って」と言った。
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