不思議な眼鏡くん
日当たりがよくて、この部屋にした。ほわっと暖かな空気が漂う。日中に差し込む日差しのおかげだ。

1LDKの部屋。小さなリビングには、二人がけのソファとグリーンのラグ、テレビ。引き戸を開けると続きになる寝室には、シングルベッドが置いてあった。

咲は部屋に入って暖色の電気をつけると、カーテンを閉める。

「どうぞ」
咲が言うと、響は無言で部屋に入ってきた。対面式キッチンの床に買い物袋を置く。ガサッと音がして、ビニールの中から缶詰が落っこちた。

咲はしゃがんで拾おうと手を伸ばしたが、響が先に拾い上げた。

「ありがとう」
咲は、缶詰を受け取りながら、無言を貫く響に言う。

「ねえ」
ぽつんと、響がつぶやいた。

缶詰をキッチンに置きながら、咲は響を見上げた。

ゆるくウェーブしている前髪。しっかりした眉。綺麗な弧を描く目。けれど見たことがないほど心細い表情だった。

「芝塚課長に知られるのは、嫌だった?」
響が尋ねた。

咲の心がチクンと痛む。

「……ちょっとびっくりして、動揺しちゃっただけなの。ごめんなさい」
「芝塚課長のこと、まだ気になってる?」

そう言われて、咲は初めて、響が何に傷ついているのかがわかった。

「ううん。全然」
咲は響の背中に手を回し、優しく抱きしめた。

自分からそんなことをするのは生まれて初めてだったけれど、不思議と照れや恥ずかしさはなかった。

「奥さまが妊娠してるって聞いて、心から祝福したい気持ちになったもの」

響が咲の背中に手を回して抱きしめた。

この感触が心地よい。

「俺は心が読めないから、ちょっとしたことですぐに不安になる」
響の声が頭のてっぺんから響いてきた。

「そんなの、だれでもそうでしょう? だから言葉にして確かめるんだもの」
「……そうだね」

響からほっとしたようなため息が漏れた。

「好き」
咲は小さな声で言った。

「俺も」
響はそう言って、咲の額に心を込めてキスをした。

それからもしばらく、お互いの体に手を回し抱きしめあった。気持ちが通じ合っていることの安堵感。満たされた気持ちを味わった。

咲は響を見上げて、微笑む。
「ハンバーグ食べる?」

響も微笑む。
「食べる」

「じゃあ、作るね。待ってて」
咲はそう言って、夕飯の支度に取り掛かった。
< 126 / 165 >

この作品をシェア

pagetop