不思議な眼鏡くん
暗い部屋の中に、終わった後の荒い呼吸音だけが響く。汗ばんだ体に何度も愛しげにキスをして、響が離れた。

体がおかしい。何度も意識が飛びそうになった。咲は目を閉じ、うつ伏せのまま、まくらに顔を埋めた。なんとか呼吸を整えようしたけれど、心臓がばくばくしていて、なかなか元に戻らない。

カシャ。

シャッターを切る音がして、咲は目を開けた。

「やだ」
咲は布団に隠れた。「写真なんか撮らないで」

「綺麗だったから」
響はうつ伏せになり、肘で体を支えて、スマホを見る。

「消してよ」
咲は響のスマホを奪おうと腕を伸ばした。

「ダメ」
響はスマホを奪われまいと、咲の動きを押さえつける。

「これは、宝物だから」
響がいう。

「水族館の写真、見せて」
裸の腕にぎゅーっとされながら、咲はお願いした。

「いいよ」
響は咲を右手に抱いたまま、あおむけになる。左手で操作をして写真を見せた。

「わたしの顔ばっかり」
咲は思わず笑った。水族館なのに魚が全然写ってない。

ふと気付いた。

「他には写真ないの?」
咲はたずねた。「今日撮った三枚しか、スマホに入ってないけど」

「ないよ」
響がいう。「普段、写真は撮らない」

咲はそう言った響の顔を見る。

なんでもないことのように言ったけれど、なぜかその声が心もとない気がした。響とは別の場所から聞こえてきた、そんな感じ。

「どこかに行ったら、記念に撮ったりしないの」
「しない」
「忘れちゃうでしょ?」
「それで構わないんだ」

響がスマホをベッドサイドにおいて、咲を優しく抱きしめた。

「でも咲さんのことは残したいから写真に撮った……クリスマスのイルミネーションのところでも、写真を撮ればよかったな」

咲はなぜか寂しい気持ちになった。

なんだか涙が出そう。

「次、撮ろう」
響の胸の鼓動を感じながら言った。

「今年の十二月、一緒にまた行って、写真を撮ろうよ」

響はしばらく間をおいて、それから「そうだね」と小さく頷いた。
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