不思議な眼鏡くん
咲はベッドの上に飛び乗ると、受話器を手に取った。受話器が外れると自動的にフロントに電話がかかる。

「はい、フロントです」
「お部屋のドアが、開かないんです」

そう言った瞬間、咲の背中に暖かい気配を感じた。

「あっ」
咲はとっさに振り向いた。

湯気をまとった響が、咲の手から受話器を奪い取る。

「何も問題ありません。おさわがせしました」
そして、がちゃんと受話器を置いてしまった。

咲は緊張で、ごくと一つ飲み込む。

響はベッドに腕をついた。マットレスがフワンと揺れる。
「逃げんの?」

響はタオル地のガウンを羽織り、胸がはだけている。濡れると髪はウェーブが強くなる。知らないボディソープの匂いが漂って、咲の顔は真っ赤になった。

「れ、冷静になりましょう」
咲は近すぎる響から身をそらして、必死にそう言った。

「わたしは上司で、明日も会社で一緒に働くの。た、田中くんの趣味は、他の方としてもらった方が、今後を考えても……」

「ふうん」
響が少し首をかしげた。濡れた黒髪が首筋に張り付いている。そこから鎖骨にかけてのライン。シャワーのせいでほのかにピンクになっている。

「だから、」
「じゃあなんで付いてきたの? 帰るチャンス、たくさんあったのに」
響が言った。

「それは、魔が、差した?」
咲は弱々しくそう言った。

響がまた笑う。
その笑い方が思いのほか可愛くて、目の前の男性が五つも年下だったことを思い出した。
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