不思議な眼鏡くん
第二章

線を引いた。
それはごく当然で、やるべきことだった。

翌日から気持ちも新たにすっきりできると思っていたけれど、どうやら咲は要領が悪いだけではなく気持ちの切り替えもきっちりできない人のようだった。

響とは元の関係に落ち着いている。
いやもっと、目に見えるかと思えるほどのしっかりとした境界線を、向こうから引かれた気がした。

二度と、あの笑顔は見られない。

そう思うと、なぜかズキンと胸が痛んだ。響のことが好きなわけではない。

大切な部下、ただそれだけ。
それなのに。

11月も半ば、展示会の準備も整い始めた。展示会は新しいブランドのお披露目会のようなもの。ここで出店させてもらえるかどうかが決まる。

芝塚課長も気合が入っているようで、咲のチームをいつにも増して気にしてくれている。芝塚課長が優しい視線を向けてくれるたび、咲は癒され、やる気が出てくる。それがとてもありがたかった。

仕事に熱中すると、響から意識が離れるから。

「展示会が終わったら、社員旅行があるな」
咲が週の営業報告を提出すると、気持ちを和らげるような他愛もない話題をふってきた。

「そういえばそうでした」

毎年十一月後半に、営業部で群馬の伊香保温泉へ一泊二日で旅行にいく。休みの日まで会社の人と一緒にいたくないという若手社員が多い中、咲はこの旅行を楽しみにしていた。新人のころの社員旅行で見た、芝塚課長の浴衣すがたがあまりにも素敵だったからだ。

今年は。

咲は芝塚課長の整った顔を見る。

田中くんは、あのメガネをみんなの前で取るのかな……。
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