不思議な眼鏡くん
お風呂に入って、さっぱりする。
さっきの衝撃も、少しずつ治まってきた。

偶然かな。でも助かったのかも。

グラスが破裂したせいで、部長から逃げることができた。もしおばけのせいなら、おばけに感謝しなくちゃいけない。

湿った髪をアップにして、タオルを胸に抱き部屋に戻る。大浴場の出口付近は誰も人がいなかった。

自然と早足になる。俯いて、一心に歩いた。

「鈴木くん」
突然、声がかかって、はっと顔を上げる。

運の悪いことに、坂上部長が、男性の浴場から出てくるところだった。

「……部長、おつかれさまです」

一難去ってまた一難。でも酔いはもう醒めたかもしれない。理性的な坂上部長を期待する。

「さっきはびっくりしたな」
坂上部長が親しげに近づいてくる。そして咲のすぐ隣に立った。

近い。
明らかに、シラフのときよりずっと近い。

まだダメだ。

「いやあ、色っぽいな、鈴木くんは」
舐めるような目つきで、咲の全身を見る。

身の危険を感じた。触られるだけじゃすまない。もしかしたら、本当にまずいかも。

「今夜、どうかな。部屋にこないか」
坂上部長がぱっと咲の腕を取った。

「それは……」
恐怖で喉が詰まる。さっきは周りに人がいた。でも今は二人きり。

「いいだろう? 羽を伸ばしたいんだよ」
部長が笑った。

笑顔がこんなに気持ち悪いと思ったことはない。触られたところが湿っていて、吐き気を煽る。

「や、やめてくださ……」
絞り出すように、抵抗した。

「ん? 聞こえないな」
坂上部長の顔が近づく。

叫びたい。
でも怖くて声が出ない。
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