不思議な眼鏡くん
とにかく、仕事に集中する。プライベートは切り離して、猛然と仕事をする。
おかげで、知る限りでのミスはなかった。

午後七時、とりあえずほっと一息をつく。

頑張ったから、プライベートのことを処理しよう。でも、行動に移す前に、まず頭の整理から。

咲は手にお財布を持って、給湯室の自動販売機に向かった。けれど直前でピタッと歩みを止める。給湯室から話し声が聞こえてきたからだ。

「田中くん、今夜、飲みにいかない?」
ちづの声だ。

思わず壁に背中をつけた。聞いてはいけない。このまま席へ戻った方がいいのに。

足が動かない。

「今日はちょっと用事があって」
響の声がある。「また今度の機会にお願いします」

「そんなこと言って、最近付き合ってくれないんだもの」
ちょっと拗ねるような声音。

「すいません」
「じゃあ、クリスマスは? わたし、暇なんだ」
「クリスマスは、約束があります」

ちづが黙る。ほのかに漂う緊張感。

「……彼女いるの?」
ちづが尋ねた。

「いませんよ」
「じゃあ、誰と?」
「……それ、横山さんに言わなきゃいけませんか?」

棘のある声に、咲の方がひやっとした。ちづが傷ついている様子が頭に浮かぶ。

「別に、言う必要はないね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」

ちづが動く気配がしたので、咲は慌てて給湯室の隣にあるトイレに身を隠した。ヒールの音が通り過ぎるまで待って、咲はトイレから出る。廊下の先には、速足で歩くちづの姿があった。

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