不思議な眼鏡くん
「鈴木さん」
後ろから響が声をかけた。「休憩ですか?」

「ちょっと飲み物を買おうかと思って」
咲は財布を握りしめて、うつむく。

「クリスマス、六本木でいいですか?」
響が尋ねた。

「……田中くん」
咲は意を決して、口を開いた。

「その日、田中くんに会う前に、一件予定を入れていい?」
「予定って?」

「人と、会う」
「誰?」
「西田くん」

咲が言うと、響は合点がいったような顔をした。

「へえ」
「ごめん、ちょっと断りきれなくて。でも話は短いし、だから」

「どっち?」
響が言った。

さっきちづを遠ざけたときの冷たさよりも、さらにずっと冷たく痛い。

「予定を二つ入れるのは、マナー違反」
「わかってる、本当にごめんなさい」
「選んで、今」

「俺と、西田さん、どっち?」

咲はぐっと詰まった。

『田中くんがいい』って言ってしまったら、好きだって告白してるようなものだ。そんなこと、知られるわけにいかない。

「選べない?」
響は肩をすくめて、咲に背を向けた。振り返らず、歩いていく。

咲は、悲しくなった。悲しいどころじゃない。もうどん底だ。

パタパタと涙が廊下に落ちるのが見えた。

「恥ずかしい。この歳にもなって」
咲は手のひらで涙をぬぐう。

「……もう、やだ」
咲はつぶやくと、給湯室へと入っていった。
< 82 / 165 >

この作品をシェア

pagetop