行雲流水 花に嵐
「悪いな、旦那」

 要蔵は表向き、堀川の辺りにある色町の小奇麗な料理屋の亭主である。
 女房にやらせている店の離れで、宗十郎は要蔵の差し出す酒を受けた。

「上月の家からの依頼だって?」

 杯に口を付けながら、宗十郎は上目遣いで要蔵を見た。

「ああ。さすがにこれを旦那に頼むのは気が引けたが。うちで一番腕が立つのは旦那だし」

「変に気を遣わんでいい。恥も外聞もなく、今更頼って来たのはあっちだろ」

 ずけずけと言う宗十郎に、要蔵は苦笑いをこぼした。

「違いねぇ。実はなぁ、上月の若当主がよ、色町にハマっちまったみてぇでな」

 ぶ、と宗十郎は酒を噴き出した。

「それもよ、太夫だぜ。つっても花街の正規見世じゃねぇ。あろうことか、道一本向こうの裏見世にハマってよ、居続けはするわ、身請けの約束までするわ。上月の家だって、そう裕福でもねぇだろ。気が付いた頃にゃ、身代が危ねぇってわけさ」

「は。馬鹿の見本だな」

「違いねぇ」

 また要蔵が苦笑いした。
 が、ふと真剣な表情になって、にやりと口角を上げる。

「けどな、良い機会でもあるんだ。例の見世は裏通りでも、ちょいと厄介な見世でな。表の正規見世でも、手を焼いてるのよ」

「ほぉ」

「わしのシマで、勝手な真似されちゃ困るんだよ」

 ちら、と宗十郎は目を上げた。
 要蔵はこの料理屋を拠点に、色町一帯の置屋から頼まれれば、置屋の用心棒なども務める。
 花街一帯が、要蔵のシマなのだ。

 ただ裏通りに関しては、相当悪質でない限りは、滅多なことでは出て行かないが。
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