行雲流水 花に嵐
終章
 それから一月後。
 宗十郎は上月家の離れにいた。

「此度のことでは世話になったな」

 仙右衛門が言い、宗十郎に茶を勧める。
 宗十郎は黙って庭の木を眺めた。

「お梅は離縁を考えたようだが、行くところもないし……」

 結局元の夫婦に戻ったらしい。
 お梅は身寄りがないのだ。

「お小夜はすっかり大人しくなった。仙太郎のことが、よほど応えたのだろう」

 茶を啜り、しみじみ言う父を、宗十郎は冷めた目で見た。
 宗十郎は喜八にお小夜を探らせていた。
 結果、お小夜が出入りしている茶会で、亀屋の特別座敷への斡旋があったらしいことがわかったのだ。

 上に取り入りたいお小夜が上役の田川に亀屋の特別座敷のことを吹き込み、同じように田川が上の者を誘う。
 そういった場が、あの茶会だったのだ。

 お小夜は上州の出だ。
 亀松と、何らかの縁があったのかもしれない。

 亀屋が潰され、伏見の船宿の親玉が殺された途端、事の露見を恐れた上の者らは一斉に離れた。
 廓でもないところで、拐された女子を相手にしていたなど、上に知れたらどうなることか。

 仲介していたお小夜も、息子の出世の糸を絶たれたわけだ。
 ただその辺の裏事情のことを、仙右衛門は知らない。

 不意に、ぱたぱたと軽い足音がし、母屋のほうから太一が走って来た。

「叔父ちゃん!」

 縁側に手をついて、太一が宗十郎に笑顔を向ける。

「叔父ちゃん、剣術教えて!」

 宗十郎が怪訝な顔をすると、太一は手に持っていたものを振り上げた。
 木を荒く削った棒だ。
 手作りのようだが。

「何だ、それは」

「刀だよ! 喜八が作ってくれた」

「ほぉ。……父上に習えばいいだろ」

 素っ気なく言うと、太一は縁側をよじ登って宗十郎の袖を掴んだ。

「喜八が、叔父ちゃんは凄く強いって言ってたもん。父上よりも、凄く強いって」

 少し、宗十郎が目を見開く。
 そういえば、昔から宗十郎を気にかけていた喜八だ。
 宗十郎が独自に剣の稽古をしていたのも見ていたのだろう。
 最後の、あの仙太郎との立ち合いも見ていたのかもしれない。

「叔父ちゃんは今でも剣で暮らしてるんでしょ? 凄いなぁ」

 きらきらと、太一が覗き込んでくる。
 その濁りの無い目を、宗十郎は妙なものを見るような目で見つめた。
 自分の過去も、このような目をしていたのだろうか。

「お前はそんなもの振り回さんでも食っていけるさ」

 まともに仕官していれば、刀を振るうことなど、そうないものだ。
 ぽん、と太一の頭に手を置いて立ち上がる宗十郎から、仙右衛門はさりげなく視線を外した。

「おいらも叔父ちゃんみたいに強くなりたい」

「ま、才能がありゃ伸びるだろ」

「帰っちゃうの? 叔父ちゃん、どこに住んでるの」

「お前の来るようなところじゃない長屋だよ」

 残念そうにする太一に背を向け、宗十郎は縁側に出た。
 来た時もここから入った。
 いつも正面からは入らない。

「宗十郎」

 庭に降りた宗十郎に、仙右衛門が声を掛けた。
 宗十郎が振り向く。
 夕日に照らされたその姿は、えもいわれぬ陰気さを纏っている。

「……い、いや」

 ぞくりと寒気を感じ、仙右衛門はまた、視線を逸らせた。
 そのまま宗十郎は、庭を横切っていく。

「あいつをああしてしまったのは、わしなのかもな」

 ぼそりと呟き、不思議そうに見上げる太一を、仙右衛門はそっと撫でた。
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