行雲流水 花に嵐
 見かけによらず、片桐は力がある。
 男なのだから当たり前といえば当たり前だが、白い着流しに包まれた身体は華奢に見える。
 だが武芸をやっていただけに、鍛えられているのだ。

 少し通りから外れた路地に向かって、片桐は掴んでいた男を放り出すように手を離した。

「さ、とっとと塒にお帰りよ。今後はつまらない喧嘩は売らないことね」

 それだけ言って、くるりと背を向ける。
 束の間呆然としていた男だが、すぐに、ぱっと片桐を追ってきた。

「だ、旦那。待ってくれ」

「旦那って言うなっつーに」

「俺ぁあんたの腕に惚れた。どうだい、うちで働かねぇか」

 片桐の苦言も耳に入らないように、男は興奮気味に言う。

「何、あんたのところなんて知れてるじゃない。頭がこのザマじゃあね」

 ぱん、と先程打った男の肩を叩く。
 う、と男が顔をしかめた。

「ち、違ぇよ。俺は頭じゃねぇ。あ、あいつらからしたら兄貴格だが、頭はもっと大物よ。何と言っても、そのうち色町を仕切るお人だからな」

「何だって?」

 ぴたりと片桐の足が止まる。

「亀松ってぇ、今は色町で小さい見世をしてるお人だが、そのうちシマを広げるぜ。今だって色町の裏は押さえてるし」

 おやおや、と思わぬ収穫に、片桐の片眉が上がる。
 どうやらこの男、亀松の手下の一人のようだ。

「旦那ほどの腕なら、親分だって喜んで雇い入れるぜ。今は強い奴が欲しいんだ」

「なるほどねぇ~。でもまぁ、その親分さんとやらがどの程度の人なのかによるわね」

「その点は心配ねぇ。けど大親分に渡りをつけるのに、ちょいと時が掛かる」

 亀松というのは、なかなか用心深い性格のようだ。

「いいわよ。会うだけ会ってやろうじゃない。けど、あたしは高いわよ」

 片桐の物言いに、ちょっと男は微妙な顔をした。
 慣れないと、片桐のこの喋り口調は違和感があり過ぎる。

「そ、それじゃ、俺の兄貴分に話をつけて、大親分に通して貰う。三日後に、またここに来てくれ。俺は竹次(たけじ)ってんだ」

「わかったわ」

 くるりと周りを見渡して場所を確かめると、片桐は竹次と別れて来た道を戻って行った。
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