行雲流水 花に嵐
---こんなに離れてるとはねぇ。そりゃ見つからないはずよ---

 勝次の後を歩きながら、片桐は周りの景色に目をやった。
 伏見は大坂からなど、舟でいろいろなものや人が行き来する物流の要所だ。
 いかにも土地の者でない小娘などがいてもおかしくない。

---考えたわね~---

 勝次は細い水路に沿って歩いて行く。
 やがて入り組んだ路地の奥に、一軒の船宿が見えて来た。
 外から見る限り、普通の船宿だ。

「ここ?」

 店をしげしげと眺めながら聞くと、勝次は、ああ、と答えて暖簾を潜った。
 すぐに奥から若い男が顔を出す。

「勝次親分、どうなさったんで」

「ちょいと急用でな。大親分には先に知らせをやっといたんだが、おられるかい」

「へい、奥に。……そちらのお人は?」

 男が片桐に不審そうな目を向けて言う。

「こちらの旦那は心配ねぇ。滅法腕の立つ用心棒よ」

 勝次が、ぽんと片桐の肩を叩き、奥へ促す。
 特に妙なところはない、正真正銘の船宿のようだ。
 ただ客の姿が見えないが。

「不思議そうだな」

 勝次が少し面白そうに振り向いた。

「そりゃあ。あたしゃ釣りや川下りに来たわけじゃないのよ」

「ふふ、そうとしか見えねぇところが、ここの特徴よ」

 急な階段を上がりながら、勝次はさらに先を示した。

「二階の奥に、広い座敷がある。そこで待っててくんな」

「あんたは?」

「俺はちょいと女どもの様子を見てくらぁ」

「どこにいるってのよ」

 片桐が思い切り顔をしかめて言う。
 一階はどう見ても普通の船宿で、おかしなところはなかった。
 客がそういないのも、入り組んだ場所柄、と思えばおかしくない。

 二階はまだわからないが、階段から見た限りは、これまた単なる座敷が並んでいるだけ。
 船宿は朝の早い客などを泊めることもあるため、二階は大体宿泊のための部屋がある。
 そのための部屋だろう。

 訝しげにきょろきょろしているうちに、勝次はとっととどこかへ行ってしまった。
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