行雲流水 花に嵐
 宗十郎は川沿いの道を一人ぶらぶら歩いた。
 日は沈み、徐々に宵闇が迫っている。
 ここのところ、何となく視線を感じていた。

---いい加減、走り回るのも疲れてんだよ---

 要蔵のところに入るときと、今の塒に入るときは、細心の注意を払って直前で尾行を撒くようにしている。
 そのため結構ちょろちょろと素早く動く必要があるのだ。

 尾行を撒くのは簡単ではない。
 角を曲がった瞬間駆け出したり、目的地とは違う遠くまで歩いた上で隠れたり、結構体力を使うのだ。
 常に神経を張り詰めておくのも疲れる。

 が、それは尾けるほうも同じはず。
 そろそろ決着をつけたいはずだ。

---襲ってくんなら、今日辺りだな---

 この通りは、さほど人通りがない。
 川沿いは日が暮れると、ぱたりと人通りが絶えるのだ。

 ふと、宗十郎は歩を緩めた。
 背後に神経を集中する。
 ゆっくりと歩きながら、自分の足音を消すようにすると、僅かにひたひたと後ろから足音が聞こえた。

---おいでなすったか---

 待ち伏せかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
 正面から宗十郎とやり合うほどの手練れはいない、ということだ。

---てことは、やっぱり片桐はまだ亀屋に帰ってねぇってことか---

 あるいは竹次の頼みを断ったか。

 背後の足音は次第に近づいてくる。
 それと共に、殺気も高まってきた。

 宗十郎はゆっくりと歩きながら、周りの気配を窺った。
 どうやら不意打ちをかけるようだが、一人なのだろうか。
 それはあまりに無謀だ。

---なめ過ぎだろう---

 まさか竹次は一人でも宗十郎に敵うと思っているのだろうか。
 確かに竹次の前で腕前を披露したことはない。
 宗十郎の見かけだけなら、そう強そうに見えないかもしれないが。

---ふざけやがって---

 すっかり不機嫌になった宗十郎が、後ろの殺気の相手をしようかと刀に手をかけたとき、前方の家の陰から、不意に人影が現れた。
 二人。
 同時に後ろで地を蹴る音がした。

 宗十郎は足を止め、上体を沈めた。
 そのまま片足を軸に、反転しながら抜刀する。
 すぐ後ろまで迫っていた竹次の、驚いたような顔が宗十郎の目に映った。

 キン、と金属音がし、竹次の構えていた匕首が宙に飛ぶ。
 宗十郎は竹次をそのままに、さらに反転しつつ抜刀の勢いのまま逆袈裟に斬り上げた刀を、前に駆け寄ってきていた男の一人に振り下ろした。

 ぎゃっと悲鳴が上がり、男の肩から血が噴く。
 前方から迫っていた今一人は、宗十郎のあまりの早業に、驚いたように棒立ちになった。
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