差し伸べた手
夕食は交代で作ったり時には二人で台所に並んで作業したりして、毎日一緒に食卓を囲んだ。

食後はテレビがないので本を読んだり、デッキでお酒を飲んだりして過ごした。

どんな日でもデッキの真上に変わらず現れる月や星を眺め安心感を抱く。

そういった過ごし方は一人で居るときとさほど変わらないはずだが、人が一人横に居るだけでこれだけ精神的充足感を得られるのかと不思議に感じていた。

知らない物同士いくらでも会話はあったのだがお互いそこに触れると今の関係を壊してしまいそうで聞かない、そして話さない事が二人にとっての暗黙のルールとなっていた。

 デッキで空を眺めながら直はつぶやく。

「この空って東京と繋がっているとは思えないね。ていうか、全世界この空の下なんだよね。嫌なことも苦しいことも、全部この一つの空の下での出来事なんだね。戦争も平和もね」

「そうね。ここにいると平和しかないから争い事があることさえ忘れちゃうわ。私は戦うことを辞めて逃げてきたから」

「争い事に一人でも参加する人が減ることで、いつかは争い事はなくなるんだよ。だから亜子さんは平和への道に一歩近づけたことになると思うよ」

ずっと自分は戦いに負けて逃げてきたと心のどこかで敗北感のようなものを感じていたので直のそんな考えに救われる。

一人でいると人間関係の煩わしさも、小さないざこざもなく自由に暮らすことが出来て良いのだが、時々自分の偏った価値観に支配され世界が狭くなっていくことを感じていたので、他人と関わりを持つことも大切だと強く感じた。それに気づかせてくれたのは直だった。

直といると居心地が良い。

この居心地は、服で言う着心地と同じ感覚ではないかと考える。

服を選ぶときに自分の好み、サイズをきちんとチョイスしたつもりでも、着てみると着心地が悪いものがある。

多少、デザインがいまいちでも、着てみると着心地が抜群のものもあったりして、そればかりを着てしまうこともある。

人も同じで、タイプの男性だと思っていたけど二人で居ると居心地が悪かったり、何の感情もない人と食事に行ったときに、やたら居心地が良くてしっくりきたり。

これらは東京で生活して感じたことだった。

自分はこれが好きと思ったことでも、案外やってみるとしっくりこない場合があり、それを続けるのは苦痛でしかない。

反対に、興味がないと思っていたことでも、やってみるとしっくりくる場合がある。

洋服は着心地を最優先にしたいし、自分の生きる場所も居心地がよいと思える世界にしたいと東京を離れて強く誓ったのだった。
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