差し伸べた手
店長になると売上を上げることに躍起になった。

この数字をあげておかないと定例会で吊し上げの刑に処されるからだ。

一時は洋服の機能性や品質に目を向けようとした時期もあったがそんな気持ちに蓋をしてバイヤーや販売員を叱咤し数字を上げるように言い続けた。

しかしそれに反して売上は思うように伸びず亜子は神経をすり減らすようになっていった。

東京の街はもの凄いスピードで変化していて、洋服店だけではなく周りの飲食店も気づけば違ったお店に取って代わられており、ずっと同じ戦略では生き残っていけない世界なのだ。

亜子の店舗の近くにも海外の大型店が出店し売上を奪われ苦戦を強いられていた。

お店独自のカラーを持っていれば固定客はつくのだが亜子のような流行を常に追う店舗では、同じような趣味趣向であれば安い店へとすぐにお客は流れていってしまうのだった。

そんな焦りから売上が上がらないのはバイヤーの仕入が悪いからだと思い始めてしまい、挙げ句、本来バイヤーに仕入を任せるのが当然なのだが亜子は自ら仕入をしたりして、時にはその商品を店舗で自ら販売した。

その鬼気迫る状況に店舗のスタッフは亜子から離れていった。

そんな雰囲気では店舗の売り上げは上がるはずもなく、それは更に亜子を追いつめていく。
 
食事も喉を通らなくなり、売上票を見てはぶつぶつと独り言を言い、夜もまともに寝られなくなっていった。

時々、店舗内でも過呼吸のような症状を引き起こし、突然座り込んだりするようになり、そんな姿を何度か目にしたスタッフは亜子を気遣い

「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれたが

「売上が悪いあなたたちのせいよ」と心にもないことを口にしてしまった。

そんなことを言ってしまった自分を更に責めてしまいもう亜子には誰も見方が居なかった。

自分自身でさえ見方が出来ない亜子の心は壊れていった。

唯一、店長に相談をしようとしたが、店長もフォーマに転職したばかりで大変だろうと思いこちらから連絡することはできない。

それに店長に心配を掛けたくなかったし「あなたなら出来る」という言葉を裏切りたくはなかった。
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