差し伸べた手
東京での初めての城はゴミだらけで足の踏み場もなくなっていた。

店長になってから休日もまともに取らず昼間にこの部屋にいることがなくなっており、窓のカーテンはもう何ヶ月も開けてはない。

敷きっぱなしの布団にスーツのまま寝転がり化粧も落とさず天井の一点を見つめたまま病院でもらった睡眠薬をゴリゴリと食べ続けた。

死のうと思ったのではないし、そもそもそんな度胸なんてない。

とにかく眠りたかったのだ。

眠ろうとすればするほど意識が覚醒してしまい、カーテンの向こう側は明るくなってくる。

焦燥感が増し更に眠れなくなり、以前不眠でクリニックに行ったときに貰った袋に手を伸ばしたところまでは覚えている。

気づいたときには病院のベッドの上だった。

ベッドの傍らには誰かが座っているのが見えたがうっすらとしか顔が認識できなかったが、高いヒールを履いているのが見えてすぐに誰だかわかった。

「店長・・・」

他の店に行っても、ずっと元店長の事を「店長」と呼んでいる。

「亜子、もういいよ。十分だよ。今はとにかく休みな」と遠くに聞こえた後再び亜子は目を閉じた。

再び目を開けたときにも変わらず店長が居てくれて安心した。

店長はお店に電話して亜子に近況を聞こうとしてくれたらしい。

亜子の店舗にいるバイヤーにたまたま仕入先で会い話しをしていたら、店長自ら仕入をしていると聞いて心配になったからだ。

店長はバイヤーに仕入のアドバイスはしても、基本は任せることになっていたので、違和感を覚えたのだろう。

亜子の携帯を何度鳴らしても出ないので店舗に連絡をくれたらしいが昼過ぎなのにまだ店に来ていないという。

連絡もないと聞いて亜子の住所を調べて自宅まで見に来てくれたのだった。

そこには大量の錠剤を口に放り込んだままの亜子が横たわっていた。慌てて救急車を呼び今に至っている。

「ごめんなさい」遠くにかすんで見える店長に謝る亜子。

「いいのよ、亜子」

入院中、店長は部屋に着替えを取りに行ったり暇だろうからと言って雑誌を買ってきてくれたりしてくれた。

転職したばかりで忙しい時期に本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「お仕事大丈夫ですか?」と聞くと

「私を誰だと思っているのよ」といつもの店長らしく答える。

店長はサバサバした性格でいつも冗談を言っては亜子を笑わせた。

少し神経質で物事をまじめに考えすぎる亜子にとっては、自由で大胆な店長が憧れの存在でもあり尊敬していた。

芯が通っていて妥協は嫌いだが、決して頑固ではなくその場その場で的確に物事を判断することができ、店舗でもダメだと思った方針はすぐに変えてこの移り変わりの早い服飾業界で生き残ってきた。

もし亜子ではなく店長がそのまま店舗にいたら、売上は落ちなかっただろうか、大型店が出来ても変わらず売上を上げていただろうか、もっと早く店長に相談していれば、こんな結果になっていなかっだろうか、ベッドの上で自問自答したが後悔しても今の現実は何も変わらないと思い考えることも辞めてしまった。
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