差し伸べた手
日常の幸せ
寒い冬が二度巡り、また新しい春がやってきた。

亜子はお気に入りのウッドデッキを手入れする。

台所で北海道産のフルーツを使ったスイーツを準備しコーヒーを入れる。

もう人とは会いたくないと思い生きてきたけど、直と出会って亜子は変わった。

自分はこの地で心も体も癒やされ好きな事に囲まれて暮らしている。

もう充分に救われているのだから、次は傷ついた人を少しでも癒やしたい。

そしてこの素晴らしい景色を一人でも多くの人に見て貰いたい。

微力だけど人の役に立ちたいと思い始めたのだ。

東京にいた頃には考えられなかったことだ。

自分の事だけで精一杯で一緒に働いていたスタッフ達にも気を配ることをいつしか忘れていた。

せっかく東京に行かせてくれた両親にも感謝せず、心配しているとわかっていながら長い間連絡もせずにいた。

でも人は誰かに頼って生きているのだ。

直もきっと今は元気で東京で働いているだろう。

直もこの場所で元気になった一人だ。

それからというもの、新しい仕事を立ち上げた。

北海道に来る旅行者向けに、どこにものっていない絶景を紹介するという企画をしツアーのオプションとして、道内のホテルやペンションにそのチラシを置いて貰っている。

最大でも一日ツアー客は四人にしてあり、ツアーの申込みがあれば、駅まで迎えに行き、そのまま絶景を数カ所周り、最後に自宅でお茶をしてもらうというコースである。

四人にしてあるのは、ゆっくりとデッキに寝転がることが出来る最大人数にしてある。

ここに来る人は女性同士の二人組や一人で来る人が多かった。

しかしあまりにも他の観光地と離れているため、季節が良くなっても週に一度来るか来ないかである。

しかし、そのペースが亜子には丁度良かった。

最近、ツアー客に教えて貰ったのだが、亜子のお気に入りの丘からの絶景はある写真家が出版した写真集に載っているらしく、その方もそれを見て来たという事だった。

亜子はさっそくネットでその写真集を探して購入しデッキで眺めるのが習慣になっていた。

写真集に載っていたあの丘のタイトルには「奇跡の丘」とあった。

いくつかのスポットを回った後はデッキでコーヒーとスイーツを食べてのんびりしてもらうことにしていた。

鳥のさえずりや空気感をじっくり味わって欲しかったからだ。

寝ころんでそのまま昼寝してしまうツアー客もいた。

ここで自然の風を浴びたお客さんは皆、元気に帰って行った。
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