イケメンなんか大嫌い

「おはようございます、第2営業部の堂島と申します。市川さんお仕事が早いんで、早速回答頂いたんですけどまだ工数の方は……」

週明けの始業間もなく、前方から響いた堂島くんの話し声に心臓が小さく跳ねる。

「はい、AM1番はやはりご希望されるお客様が多いので、早目にご検討頂ければと思います。……とんでもないですよ、はは」

感付かれないよう注意を払いながら、PCのディスプレイの隙間から、ちらりと窺う。
漂う楽しげな雰囲気を気にも留めていないような涼しい表情を装いつつ、手元は書類にボールペンを走らせるが、耳だけは会話を拾っている自覚がある。
朝一番に手持ちの仕事の確認をした際には、“市川さん”と連絡を取る必要のある案件はなかった。

そこまで把握して初めて考えが及んだが、俊弥とは特に次に会う約束を取り付けていない。
無論仕事上のやり取りは発生するだろうが、ただそれだけだ。
顔を合わせないのなら、何の発展性もないじゃないか。
その事実を認識した途端、安心して肩の荷が下りた気分だった。

要は、皆の言葉に踊らされて、必要以上に警戒を強めてしまっただけのこと。
なぁんだ。

しかし、そこまで考えてから、もうひとつの事実にも辿り着く。

裏を返せば、そこまで警戒しなければ行けない程の不安材料が存在したということだ。
鼓動の音が強まり、冷や汗を流しそうな心持ちであったが、何でもない素振りで再び書類に目を落とした。

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