神鳴様が見ているよ
10章 ちぐはぐなケンカしました
蒼と会社帰りに待ち合わせて、初めて、食事をする週末。
 何度も時計を見て、彼が来るであろう方向を見る。
そして、姿を見つけて、小さく手を振ると、気づいて早足で向かって来てくれた。
 けど、私の手の辺りを見たとたん、眉をしかめた。
「なんで、手ぶら」
 腕にかけてるバックと蒼を交互に見て、
「え? なんか、あったっけ」
 蒼は口元を尖らせ、瞳を半分にして、私を見下ろす。
「泊まる準備してないのかよ」
「え、だって、そんなこと、言わなかった……し」
「週末で、俺も理和も明日も明後日も休みだろうが。言わなくても、察しろよ」
 早口で話し、はーっと、大きくため息をして、乱暴にネクタイをゆるめて、私から顔をそむけた。
 蒼は、忙しくて、土曜日も出社してるって、言ってたから、明日が休みなんて、わからなかった。
「そんな言い方、しないでよ」
 そんな態度見せないで。
やっぱり、蒼は荒い、キツイ言葉。
お母さん達が言ってた通りだ。
 家を出る前の蒼は、こんなじゃなかった。
あの頃の蒼のままで接してると、こういうのに、すこし戸惑う。
 察することをできないと、また、こんなふうにイラついて怒るんだろうか。
「理和、こっち向いて」
 そう言われて、うつむいていたことに気づく。
でも、蒼が怒ってるのを見るのが、怖くて、バックを胸に抱え、一歩、後ずさりする。
「さ、察し悪くて、ごめん。でも、言って欲しいよ、めんどくさくても……」
 ふうっと、諦めたような、ホント面倒と、どちらとも、とれるため息が聞こえる。
「食事、ヤメ、だな。これじゃ、どーしょーもねー」 
「え」
 慌てて、顔を上げると、頭を片手で押さえている蒼。すると、私の視線に気がついて、微笑んで、手を差し伸べた。
「も、俺んち、このまま、行こ」
「え……」
 彼が怒っていないことに驚いて、差し出された手と蒼を交互に見る。
「やっぱり、理和と話し足りないや。ちょっとマズい」
「あ、あの、ね」
 差し出された手の指が招くように動いたから、そっと手をかぶせると指を絡めて握られる。
 そして、そのまま、引っ張られるように歩き出すと、蒼はおもむろに、空を見上げて、
「服、ま、いいか、俺ので。でも、着替え、買ってく?」
「え? あ、蒼」
「コスメとかも、いるか。さて、どこから、行こうか」
 と、先のデパートを見比べてる。
「蒼が、ウチに、泊まるってことでも……」
 蒼の着替えもあるし、話しなら、こちらでも、ゆっくりできるから。
 彼は、ちらっと、私を見て、瞳を閉じて、否定の意味の首をゆっくりと振る。
「ウチだと、理和、都合が悪くなると、母さんのとこ逃げそうだしな」
「う」
 そう言われると、反論できない。蒼は、私の反応を冷ややかな目つきで見ている。
「親とひとつ屋根の下で、いちゃいちゃヤル度胸は、さずがに、まだナイ」
 そして、顎を少し上げて、私を見下すように見る。
「う」
「ケド、理和が度胸、決めてんなら、俺はいつでも」
「なっ……」
 そんな度胸なんて、いつまでも、来ないと思うわっ! 
 強引で、話しを聞いてくれないし、さっき、キズついたのわかってるでしょ、リカバしてよ。蒼なんて、蒼なんてっ
「あ、お、の、ば、か」
 つないだ手を離そうと、腕を引っ張ると更に、ぎゅっと握られて、蒼の方に引き寄せられる。蒼は足を止めて、横目で私を見る。
「なにぃ?」 
「だって、勝手なことばかり言う、蒼なんて、知らないっ!」
 手を振って、彼の指から外そうとするけど、出来ない。蒼は、それを無表情で見ている。
「こっち、行くぞ」
 引きずられるように、大通りを抜け、人通りの少ない小道に入る。
「俺だって、理和がそんな母さんに甘えた、なんて、思わなかったね。いっつも、姉さんぶってたくせに」
「いいじゃないっ、甘えたって。お母さんだもんっ」
「開き直りやがったなっ」
「蒼だって、強引でキツイっ」
「あのなっ! 俺は、もともとこんなん、なんだって」
「知らないもんっ」
「このっ、だからっ、も、ウチに来いって。ちゃんと、話そうって」
 ふんっとそっぽを向く。
「ふたりきり、も、やっ」
 蒼は、舌打ちして、
「この期に及んで……、ホント、甘えただなっ」
「違うもんっ、蒼が荒いから、怖いんだもんっ」
「よくも、まー、次から次へと言い返しやがって……理和って、こんなかよ」
 はぁっと大きく聞こえるため息が、私を幻滅したような態度にとれた。
カッと頭に血が上って、口が勝手に動いた。
「蒼が思ってるような私じゃなくて、ごめんなさいねっ。今までの彼女のほうがいいんじゃない?」
 蒼がつないでいた手を振りほどいて、離した。
「バカ野郎っ! なんで、そうなるんだよっ」
 怒鳴られて、足が止まる。
「なに言ってんだ!」 
「蒼が怖い、よ。だって、察して、なんて、勝手なこと。それで、機嫌が悪くなるなんて、どうしたらいいのかわかんない」
「理和」
「初めて、ふたりで食事するの楽しみだったのに、急にナシとか、勝手だよ? それ、私が察しなかったせいなのかな」
「さっきも言ったけど、俺こんなんだよ。理和が、それで怖がっても、俺どうしたらいいんだよ」
 蒼も私も戸惑ってる。お互い、こんなだなんて、思わなかったから。
 おまけに、長い間、話しもしていなかったから、こんな言い合いに慣れてない。
「どうして、こうなるんだよ。俺、理和と週末過ごしたいから、仕事、ムリしてきたんだぜ。来週は、もうダメだし」
「それだって、蒼の都合デショ。勝手よねっ」
「理ー和っ、も、キリないだろ……、どうしたいんだよ」
 だんだん声が小さくなって、最後は、困り果てたような弱い声で独り言になってる。
 どうしたい? もう、家に帰りたい? ホントに蒼といるのイヤ? すこし、頭が冷えた。
 わかるのは、蒼は、怒っているのではないこと。
困って、言い返してるだけで、ケンカ腰なのは、私。
蒼は、それにつられて、いつも通りの言い方が強くなってるだけ。
 あの言葉や態度が、蒼のデフォルトならば、私が慣れるしかないこと。
 蒼のこういうところは、お母さんたちに聞いていたことだから。
 ……ケンカ、することも。
 ここで、気持ちが落ち着いて、冷静になった。
 前の彼女のことを出したのは、私が悪い。
蒼の想いはずっと、だったのを知ってるくせに非道いことを言ってる。これは、怒鳴られて、当然。
 うつむいていた、視界に蒼が一歩近づいた靴先、そして顔を頭の近くに寄せてる気配。
「ウチに、帰る、のか?」
 小さい声で、ゆっくりと噛みしめるように、私に言葉をかける。 
 こんなふうになって、本当は、蒼といられない、帰りたいくらい。
でも、そのあと、また、すぐに会えるのかな? また、一緒に居辛くならないかな。
 やっと、手に入れたのに。
 どうしたい? 
「蒼、蒼といたい、一緒に」
 ホントは、これだけのはず。
だから、ずっと、週末を待ってたの。
食事とかなんて、別に、どうってことなかったはずなのに。
 髪に触れた、ほうっと、溜めてた息を一気に出して、安心したという合図に顔を上げる。
 蒼の瞳はほんのすこし、光を溜めて、口元だけで無理矢理、微笑んでる感じ。
「も、勘弁して。悪かったよ、土日、仕事休めるって言わなかったのは」
「お泊りの準備のことも、よ」
 えっ? というように、私を見て、蒼が体を引いた。
「それはっ、もう……、当り前だと、思ってくれよ。むしろ、もう準備しなくてもいいように、俺んとこに色々置いてけばいいだろ」
 そして、顔を片手で押さえて、私を見ないようにしてる。 
「あ、なるほど」
 なぜか、蒼は、疲れたように、首を横に何回も振った。
「イヤ、言いたかないけど、やっぱり察して? これから住むことも含めて、だぞ。俺と理和は、そういうことだろ」
 はっと気づいて、今度は、私が蒼から、半歩、体を引く。
「え、あ、そっか、そうだ、よね」
 そして、顔を覆い、自分の察しの悪さ、バカさ加減を猛省。蒼がイラつくのは当り前だ。蒼にバカなんて、よく言えたもんだな。
「こんな状態で、外で食事なんてできないだろ」 
「……だね。ごめんなさい」
 蒼は、察することのできる大人、言われなきゃわかんない私は甘えたの子供。手を伸ばして、蒼の袖を掴む。
「ごめん。私も、こんなんなの、想ってたのと違うよね……」
 そっと、背中を押されて、蒼のスーツに額をつける。
「こんな甘えたとは、ちょっと驚いたケドな。うん、わかったから、も、いいや」
「私も蒼の荒いの慣れるようにする」
 はっと一笑いした、蒼の胸がはずむ。
「そっからかー、俺ら。こりゃ、ナニから話しすりゃいいんだよー」
 喉を鳴らして、くっくっと笑う振動が、額に伝わってくる。蒼の胸を押して、顔を上げる。
「蒼の女性関係、お母さんが、マトモな話しにならなくなるって言ってた」
 とたんに、眉をしかめて、顔から力が抜けて情けない表情になった。
「母さん、なんつーこと、理和に吹き込むんだよ……」
 聞かせてね?
< 15 / 20 >

この作品をシェア

pagetop