いつも、雨
橘家からの迎えの車がやって来たのは、ちょうと11時だった。

朝方やんだように思った雨が、またシトシトと降っていた。


領子は、運転に傘をさしかけられて歩いた。

何事もなかったように楚々として車に乗り込む領子の薬指がキラキラと輝いているのを、要人は確認した。



……幸せに……なってほしい。

それは、うそ偽りない本音だ。

だから……破綻を願う邪な心は封印しよう。

ストーキングも、程々にしないとな。



要人は首を振って、肩をすくめ、歩き始めた。




********************


3ヶ月後。

天花寺家では弔事をかき消すように、慶事が重なった。


当主の恭風に、待望の跡取り息子が生まれた。

通字(とおりじ)の恭を冠して、恭匡(やすまさ)と名付けられた。



高貴な生まれというのは、赤子の頃から品があるものなのか?

……真っ赤なのに……似てる……。

恭風さまにも……領子さまにも……。


新生児室の恭匡を眺めて、要人は苦笑せざるを得なかった。



「社長。そろそろ……。」

秘書が恐る恐る声をかける。

要人は、うなずいて、時計を見た。

領子が到着する時間だ。


予定日より早く生まれた甥っ子に逢うために、領子はわざわざ京都へやってきた。

あと3日で挙式だというのに……。



「では、恭風さま。私はこれで。……奥さまと、領子さまにによろしくお伝えください。」

「おおきに。竹原。かんにんな。ありがとう。」

既に夫人に対する興味と愛情は薄れても、やはり血を分けた息子の誕生はうれしいらしい。


恭風は、福々しい顔をますますまん丸にして、でれでれになっていた。


必要以上に恭しくお辞儀して、要人は産科病棟を後にした。



秘書を先にガレージに行かせ、自分は、病院の入口と正面ロビーを見渡せる、奥まった薬局の待合室の椅子に座った。
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