いつも、雨
心が引き裂かれる……。

いいえ。

こんなことで、壊れはしない。

夫婦ですもの。

妻のつとめを果たさなきゃ。

これは、わたくしの義務。

お義父さまやお義母さまに喜んでいただくために……橘家の跡取りを産むことが、わたくしの役目ですもの。


……耐えなきゃ。

痛くても……苦しくても……つらくても……耐えなきゃ……。


……竹原……。

助けて……。


決して届かない弱音を、領子は心の中でだけ、吐露した。




翌日、やけに姑が優しかった。

領子が子作りに協力的だと喜んでいるらしい。


しかし姑はいささか露骨過ぎた。

夕食に精の付くものを……と、調理師に頼んだのを、千歳が耳にしてしまった。

千歳は、機嫌を損ね、へそを曲げてしまった。


意外と、領子よりも千歳のほうがナイーヴなのかもしれない。

もしくは、継嗣を儲けることに対する責任感が希薄なのか……。


よくわからないけれど、領子は少し安堵した。

この調子で連日、夫婦の営みに挑まれるのは……やはり、気が重い。



姑は、失態を取り返すべく、領子に基礎体温を計測管理するための計測器を買ってよこした。

領子は真面目に毎朝基礎体温を計測した。

しかし、感情を抑えて生活していてもストレスは多いのか……身体は健康なのに、生理周期は乱れがちだった。






「……わたくしが主人の子をみごもったら……もう、こんな風には逢えませんね。」

ピロートークで、領子がそんなことを言い出したのは、2人が関係を持って1年が過ぎた頃だった。


要人は眉をひそめた。

「つれないことをおっしゃる。……領子さまのお身体がおつらいとおっしゃるのなら、無理強いはいたしませんが、逢いには参りますよ。いや、むしろ、お身体が心配なので、足繁く通いますよ。……おつらいのが心なら……解決策をとことん話し合いましょう。」


……なんて、傲慢なのだろう。

領子は、要人を呆れたように見つめた。

「別れる、という選択肢はありませんの?」


要人は、ふんと鼻で笑った。

「あるわけないでしょう。地獄までお供します、と最初に申し上げましたが?」


「……呆れるわ。竹原。狂ってる。……馬鹿ね。」

領子はそう言って、要人にぎゅーっとしがみついた。


「……今さら……。とっくに、狂ってますよ。」

要人もまた領子を強く抱きしめて、目を閉じた。



愛妻は玉のような男の子を産んでくれた。

会社は破竹の勢いで成長している。

これ以上ないほど、順風満帆で幸せな男に見えるらしい。

……だが……。

心を過不足なく満たしてくれるのは、領子さまを抱いている時だけ……。


月に1、2度のわずかな逢瀬の時間のためだけに、要人は生きている。


領子さまだって、同じ気持ちのはずだ。

「あなたが望むなら、全てを捨てます。金も。会社も。妻も。子供も。命も。」

そこに嘘はない。


領子は、やるせなく、ため息をついた。

「……またそんなことを。……もう……。わたくしは、破滅なんか望んでませんわ。……もう、いいわ。」


流される……。

竹原の熱情に流される……。

……甘美な毒にじわじわと侵されて……わたくしは、身動きがとれないまま、流されている。


辿り着く岸辺は、どこなのかしら……。

そこに、あなたはいるのかしら……。


ねえ?竹原。


……愛してるわ……。
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