いつも、雨
襟を立てて、ネクタイを結ぶ時の、つんと上げた顎のラインが……好き。

カフスボタンをつける時、小気味よくキュッと締めるような仕草と、ちらっと見え隠れする手首の骨も……素敵。


……不思議ね。

わたくしとの時間を終えて、離れるための身繕いなのに……どうして、こんなにもカッコイイのかしら。

淋しいはずなのに……ついつい見とれてしまう。


夫の着替えにはまったく興味がないのに、竹原はやっぱり特別なのね。



「……奥さまが、うらやましい。」

珍しく領子(えりこ)が、そんなことを言い出した。


2人の間ではむしろタブーなはずなのに……要人(かなと)はいささか驚いて、しげしげと領子を見た。


「あら。失礼。」

領子は慌ててそう謝って、要人から目をそらした。
 

「……いえ……どうされましたか?……何か……」

気に障ることをしてしまいましたか?

心境の変化がありましたか?



言葉選びに逡巡していると、領子は肩をすくめた。

「どうもしないわ。……洋服を脱ぐときは野獣みたいなのに、着る時は優雅というか、……そうねえ……デカダン?」

「ふーん?……パンツを脱がせるのが愛人で、履かせるのが本妻……とは聞いたことがありますが……。」

「あまり美しくないわね。それ。……そういうんじゃなくて……シャツを着るなんて当たり前の動作に見とれましたの。……毎朝のことでしょう?……だから……うらやましいわ。」


領子の言葉に、要人は苦笑した。

「そんな風に言っていただけるのはうれしいけれど……褒めてくれるのは、領子さまだけですよ。朝はどうしてもバタバタするから。……着替える時も、独りです。」

「そうなの?ふーん。」


これ以上は聞かないようにした。

要人も、何も言わなかった。


……やはり、なるべく、互いの配偶者の話は避けたい。


それにしても……

「……領子さま?お身体、おつらいのですか?」


いつもなら、領子も着替えたり、化粧を直したりするのに、今日はまだベッドに横臥している。


何となく……顔色が赤い気もする。

熱でもあるのか?


要人の手が領子の額にそっとあてがわれた。


領子は無意識に目を閉じた。
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