いつも、雨
「わしかて、今さらヤバいことなんか、嫌や。……そうじゃなくて、合法的に金を得る勉強、教えたろうか、ゆーてるねん。」

「株?為替?公営ギャンブル?」

たたみかけるようにそう尋ねてから、ふと思い出したように要人が言った。

「そういや、おっちゃん、競輪好きだよね。」

「……よぉ見てるなあ。まあ、ぼんは、競輪はせんでええ。ぼんの役に立つんは、ギャンブルじゃなくて統計や。」

鴨五郎はそう言って、ニヤリと笑った。


統計……ねえ。





数日後、藤巻夫人を訪ねる前に、何となく立ち寄った府立図書館で、要人は統計学の本を手にとってみた。

……数学……だな、こりゃ。

別に苦手ではないが、おもしろいとも感じない。

てゆーか、結局、ギャンブルや株に役に立つ……ってことじゃないか。

株の売り買いであぶく銭をもうけるのか?

要人は首を傾げながらも、3冊の本を借りて図書館を後にした。



岡崎の藤巻別邸前には、水が打ってあった。

玄関戸を開けると、いくつもの草履が並んでいた。

「あら。いらっしゃい。……ちょうどお弟子さんたちもお見えになってるから。あなたも末席にどうぞ。」

お手伝いの女性に案内されて、要人は茶室へと向かった。


襖がすっと開いた。

お点前を終えたお弟子さんが、建水(けんすい)を持って出て来た。

ちょうど開いていたの戸口に座って、茶席の中に声をかけた。

「失礼します。」

鼻腔をくすぐるお香の香りが心地いい。

「どうぞ。」

そう声を掛けられるのを待って、茶室ににじり入った。


「こんにちは。」

畳に手をついてそう挨拶すると、藤巻夫人が、続いて居並ぶ和服のご夫人がたが挨拶を返した。


異質な若いイケメン登場に、茶室は色めき立った。



藤巻夫人は、夫を亡くしてからは、この岡崎の別邸で暮らしている。

某大寺院の連枝という家柄上、再婚することもできない。

暇つぶしに得意の茶道を、系列寺院の若い奥様連中に教えているそうだ。


刺激のない毎日に、突如現れたイケメン男子。

藤巻夫人は、要人を孫……というよりは、ホストのように猫っかわいがりしたかったらしい。

が、要人は喰えない男だった。
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