いつも、雨
「出て行って……。」

地を這うような低い声。


ようやく、それで、要人は自分が領子との約束を破ったことに気づいた。


慌てて弁明しようとしたが、領子は顔を背けて目を閉じた。


完全な拒絶だった。


要人は、領子の機嫌を直す前に、助産師によって分娩室を追い出されてしまった。


……しまった。

喜びのあまり、迂闊なことをしてしまった。


白衣を脱ぎ捨て、待合室のキタさんに、赤ちゃんが生まれたことを報告した。


キタさんも涙を浮かべて喜んだ。


結局、破水から四時間ほどで出産できた。


領子は傍らの赤ちゃんを、なかなか見ることができなかった。

後陣痛が想像よりも強かったことも領子の感情を狂わせた。

気を失いそうな痛みと、嘔吐に、領子は振り回された。



夜が完全に明けて、朝が来ても、領子は激痛と嘔吐を繰り返して、病室に戻らせてもらえなかった。

領子不在のまま、橘家の家族と、兄の恭風、キタさんは、生まれたての赤ちゃんと保育器越しの対面をした。

赤子は、本当にかわいかった。

橘家の舅姑は、何の疑いも抱かず、初孫の誕生に歓喜した。

父となった千歳もまた、我が子の愛らしさにうたれた。



恭風は、一目で気づいてしまった。

やっぱり……。

よぉ似たはるわ。

……竹原……姿が見えへんけど、もぉ帰ったんかなぁ。

ちゃんと、ややこと対面できたんやろうか。

いつまで、……橘家の面々にバレへんやろ。


それにしても、困った奴らやなあ。

そんなに好き同士なんやったら、変な意地張ってんと、結婚してしもたらよかったのに。


いや。

今からでも、何とかすればいいのに。

……まあ……他の女にとられるよりは……妹の領子とくっついてくれたほうが、わしかて、まだ、納得できたのに。


不器用なこっちゃ。

……かわいそうになあ。

幸せになるんやでぇ。


恭風は生まれたばかりの姪の行く末を、早くも思いやり、ため息をついた。
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