いつも、雨
病院に着くと、当直の医師がすぐに診てくれた。

「……もう5センチ開いてますね。分娩室へ参りましょう。」


領子は陣痛室で待機することなく、そのまま分娩室へと案内された。

心配そうなキタさんに、橘家と恭風さまへの連絡役を託して、要人もまた分娩室へと入った。


「……本当に来たの?……物好きね。」

痛みと痛みのわずかな隙に、領子は要人を仰ぎ見た。


「お側にいますよ。もちろん。」

要人は、領子の両手をぎゅっと握った。


「痛いわ……。」

領子は脂汗をいっぱい滲ませて、痛みに耐えた。


「はい、子宮口、全開。頭、見えましたよー。お母さん。がんばって。お父さん。励ましたげて。」


助産師の言葉に、領子と要人は、こんな時なのに顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。


……お父さんとお母さん……ですって。


それは、見果てぬ夢だった……。

もう、一生かなわないはずだった2人の夢。

 
まさか、こんな極限状態で、擬似的に体験できるとは思わなかったな。


「……本当に、親孝行な娘だ。」

要人の瞳に涙が浮かんだ。


「痛ーーーーっ!」

とうとう痛みが最高点に達したようだ。


領子は一際大きな声をあげ、要人の両手に爪が食い込み血が滲むほどに強くしがみついた。

バウンドしそうな身体を、助産師が押さえつけたかと思うと、ずるーっと、大きな大きな排泄をしてしまったような気がした。


「はい!生まれました!」

助産師が叫ぶ。


……どうやら、排泄物ではなく、赤ちゃんが出てきてくれたらしい。


動物のような泣き声が、聞こえてきた。


領子は、ぐったりとして……ただ、ただ肩で息をした。

要人は、目をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「ほら、お父さん。泣いてないで!へその緒、切ってあげてください。」


助産師にそういわれて、要人は慌ててティッシュで涙を拭って、赤ちゃんのそばへと……つまり、領子の下腹部側へと移動した。


……約束が違う……。

ひどい……。

そっちには行かないでって、お願いしたのに……。


ボロボロと、領子の両目から涙がこぼれ落ちた。

要人は、生まれたての赤ちゃんに夢中で、領子か泣いて怒っていることに気づかなかった。
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