いつも、雨
もちろん既に考えたさ。

より長い時間、より安全に、2人で過ごすために。

たまたま明日はコンサートだが、ミュージカルや歌劇、映画……。

いくらでもアリバイは作れるさ。


だから、領子さまは、何も心配しなくていい。


要人は笑顔で領子から口紅を取り上げて、軽くキスしてから、塗り直してやった。

「はい。これで大丈夫ですよ。……いや、少し酒臭いかな。」


「……やだ!ごめんなさい!」

あわあわする領子の背を、ほほえんで、そっと押した。

「お気をつけて。また明日。」


背中からパワーをもらって、領子はようやく落ち着きを取り戻した。


「ありがとう。……ごきげんよう。」


いつも通り、クールに微笑を返して、領子は車を降りた。

まるで敵陣に乗り込むような気持ちで、自宅へと向かった。



*******************


しばらくは、表面上、穏やな日常が過ぎた。


舅は、領子にも百合子にも、変わらず接してくれた。

領子がコンサートやオペラに行くことが増えても、義妹を誘うこともあったので、特に疑われることもなかったようだ。


むしろ姑は、領子の留守を喜び、推奨した。

孫の百合子を独り占めし、猫っかわいがりできることがうれしくてたまらないらしい。

お姫さまのように着飾らせ、連れまわし、孫自慢して回った。


百合子は常に大人達に囲まれて、ちやほやされることが当たり前になってしまったようだ。

自分が注目されないと気が済まない……そんな我が儘な娘が、領子は心配でたまらない。


しかし姑は目を細めて百合子を甘やかし続けた。



小学校に入学すると、百合子はますます傲慢になった。

尊大で大人びた百合子は、クラスのリーダー的存在だった。

出る杭は打たれる。

特に美人の百合子は妬まれ、陰口を叩かれることが多かった。


運動会で父兄席に座った一家を観て……まことしやかに囁かれた。

「百合子ちゃんの美貌は、お母さま譲りね。」

「それにしても、お父さまたち……橘家のかたがたには、似てらっしゃらないわね。」

「……種が違うんじゃない?」

「そう言えば、奥さま、ホストクラブに通ってらっしゃいましたわね。」

「あら、それは、若奥さまではなくてよ。」

「嫁姑ともに、浮気してるから、文句が言えないそうよ。」


……姑の派手な遊びは有名だったこともあり、噂は酷い中傷となり……子供達の耳にも入った。

百合子がイジメの対象に転落するのは時間の問題だった。
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