いつも、雨
一夫は、真面目で朴訥(ぼくとつ)な男だった。

そして、領子(えりこ)に恋心を抱いていた。


引っ越して、ちょうど1ヶ月後の朝、一夫は本当に御用伺いにやってきた。

キタさんが慌てて領子を呼んだ。


「おはようさんですー!宇賀神(うがじん)です!困ったことありませんか?」

「ま……あ、本当にいらしてくださったのね。……とりあえず、どうぞ。お上がりになって。……キタさん、お茶を入れてくださるかしら。」

驚いたけれど、嫌な気はしなかった。


百合子は既に登校したし、要人(かなと)とのランチの約束も11時半にしか迎えは来ない。



「いや、そんな!……何もないようでしたら、帰ります。また、来月、寄りますんで。今日は……」

一夫はそう断ろうとしたけれど、領子が引き留めた。

「よろしいじゃありませんか。ちょうど、わたくしもこれからゆっくり紅茶をいただくところでしたのよ。ご一緒に、どうぞ。……そうだわ。お茶室の床柱に、花を飾るための金具をつけたいのですが、兄に反対されてまして。相談に乗っていただけませんか?」


一夫が身を乗り出した。

「花釘ですか!うーん……お兄さんの意見もわかるだけに……困ったなあ。」


「多くのお茶室で、普通に打ちつけてありますよね?どうしてダメなのかしら。」


「……ちょっと失礼しますよ。」

一夫は靴を脱ぐと、一旦しゃがんで、きちんと揃えて置いてから、再び立ち上がって、ドカドカと廊下を進んだ。


豪快なのに礼儀作法は心得ているらしいクマさんに、領子は驚き、感心した。


……何もかも丼勘定では、こんな素敵な建物を建てられませんものね。

大らかなようで細やかなヒトなのだわ。



一夫は、いわゆる「ひとり親方」からスタートした。

実家の建具屋を出て、親戚のような懇意の工務店で修業を積んで、独立した。

下請けをこなすうちに、人手が欲しくなり、仲間を招き入れたり、工業高校を卒業した大工志望の子を見習いに雇い入れた。


現在では、大工5人と見習い3人の面倒を見ている。

設計士もデザイナーもいない。

一夫自身が学び、研鑽し、資格も取得して、図面をひく。

いっぱしの、昔気質の「親方」だ。
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