いつも、雨
要人(かなと)の腕の中で、領子(えりこ)は子供に返ったように、しゃくり、泣きじゃくった。

釣られるように、要人の瞳も潤んだ。


恭風(やすかぜ)を失った悲しみが、2人を、より強く結び付けた。




「……竹原のおかげで……兄は、やりたい放題の、幸せな人生でしたわ。」

乱れた息が落ち着くのを待って、領子はそう言った。


さんざん泣いて喚いて……気鬱を発散できたのかもしれない。



要人は、泣き腫らした領子の、それでも美しさを損なわない黒く濡れた瞳を覗き込んで、苦笑して見せた。

「そう言っていただけると、少しは気も楽になりますが……そうは思えないんですよ、俺は。……もっと、恭風さまのお心を大切にしてさしあげればよかった……。」


領子は、黙って要人の瞳を見つめて、それから、目を伏せて小さく首を横に振った。

「それ以上は、おっしゃらないで。……わたくしも……ずっと、負い目を感じてましたわ。」



要人は領子を抱く腕に少し力を込めた。



恭風の要人への想いは、若かりし頃の秘め事に凝縮されたはずだった。

少なくとも、成人してからは、それとわかる露骨な性的誘惑を受けることはなかった。


しかし、心移りしたわけでも、飽きたわけでもなく、妹の領子への遠慮だったに過ぎない。

それがわかり過ぎるほどにわかるだけに、要人は、自分に無心し、形を変えて甘えてくる恭風を可能な限り甘やかした。

甘やかしすぎて痛風になっても、糖尿になっても、恭風もまた、要人へ依存し続けた。





「……恭匡(やすまさ)さんには申し訳ないけれど……兄の最期に竹原が一番近くにいてくれて、本当によかった。……葬儀も仕切ってくださって、助かりましたわ。いろいろ煩わしいことをこぼす姻戚の者たちもいたでしょうに……ありがとう。」

領子はそう言って、要人の胸に頬をすりつけた。


要人には、領子のねぎらいが何よりのご褒美だった。





しばらくまどろみを楽しんでから、領子は要人の腕の中から這い出した。



バスルームの水音を聞きながら、要人は自分の携帯電話を開いた。


領子との逢瀬の間は、着信音はもちろんの事、無粋な振動すらさせないように設定している。

しかし往々にして、そんな時ほど、急を要する事例が発生するものだ。



またしても、有能な秘書の原をやきもきさせているかもしれない。

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