いつも、雨
……ダメだ。

少し夜風に当たりたい。

夕べはお通夜で寝ずの番をしていたというのに、眠くならない。


要人は、トイレに行くついでに庭に出た。

京都の500坪の庭園とはもちろん比較にもならないが、小さな池もある庭には多少の自然を感じることができる。

縁側の廊下ではなく、その下の沓脱石に座ると、ひやりと冷たくて気持ちいい。

無駄に大きなこの石は、要人の密かなお気に入りだった。


蒸し暑いとは言え、京都とは違い、風は通る。

部屋にいるよりは涼しい。

しばらくボーッとしていると、小さな足音が聞こえてきた。


……おっ……と。

足音の主が領子だとわかると、要人は立ち上がった。

慌てて部屋に戻ろうとしたけれど、その前に領子が要人を見つけてしまった。


「あ……。」

うれしそうな顔になった領子に、慌てて「しぃっ」……と、ゼスチャーした。


領子は口元を手で覆って、忍び足で近づいてきた。


要人は会釈して立ち去ろうとしたけれど、シャツの裾を引っ張られて引き留められた。


……捕まってしまった。

渋々、再び沓脱石に座った。

領子は、黙って廊下に腰掛けた。


何も話さない。

目も合わさない。

ただ、庭を見つめて座り続ける。

後頭部が焦げそうなぐらい熱い視線を感じて……。




東京の天花寺家に世話になるにあたって、いくつかの約束事を決めた。

たとえば、朝夕の大奥さまの食事のお世話をする、とか、日々の食事は他の使用人と一緒に食事をする、とか、打ち水と掃除を担当する、とか……半分書生、半分使用人のような立場となった。

恭風や領子とのつきあいにも、これまで以上に厳格な線を引いた。

友達ではない、と明確に意識させられた。


恭風とともに遊びに行くことはなくなった。
 
領子がかつてのように要人に甘えると、両親、特に奥さまが目を三角にして叱りつけた。

何となく……特に領子とは、会話をすることすら憚られた。




不自然に抑圧された想いは、圧縮され、結果的にハッキリと恋という概念の形にあてはまってしまった……気がする。


領子はこれまで以上に要人を慕い、要人は領子への愛しさを募らせ、恭風は……要人への憧れを性的な衝動にこじらせた。
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