いつも、雨
「百合子?」

「放してください。」

硬質な拒否の声色に、領子は思わず、娘の手を放した。


百合子は後ずさりして、母の領子から離れた。


「……百合子……。」


恥じ入るどころか、娘は母親に浮気現場を押さえられて、開き直っているようだ。

「……お話は、帰宅してから伺いますわ。泉さん、参りましょう。」

そう言いおいて、百合子は同行の男に歩み寄った。


泉と呼ばれた男は、向かってきた百合子を逆に素通りし、百合子の落としたバッグを拾い上げた。

「あ……ありがとぉ。」

その声は、とても素直で自然な響きだった。

誰に対しても、不必要なほどに礼儀正しく、壁を作りがちな百合子にしては珍しい。

家族でさえ、夫である碧生にしか甘えないのに。


「百合子……あなた……。こちらのおかたは、どなたですの?」

領子は、はじめて目の前の男に視線を向けた。


泉は軽く頭を下げて挨拶をして見せたつもりだったが、顎を突き出したその会釈は、むしろふてぶてしく見えた。


……怖い……。

飄々としていても、鋭い目付きと、隠しきれない好戦的なオーラを発していた。

娘の百合子より、明らかに年上だろう。

普通の勤め人では、絶対ない。

たくましい体つきではあるが、肉体労働よりも、格闘技を彷彿させた。



百合子は泉の背後に隠れるように立ち、母親の詰問には答えようとしなかった。



膠着状態に陥った母と娘の間に、遺伝子上の父親である要人が割って入った。

「……こんなところで、立ち話もなんでしょう。泉さん。私たちも今着きましたところでしてね。腹が空いています。どうですか?ご一緒に、食事にいたしませんか?」


憮然とする2人ではなく、平然と立っている泉に提案すると、要人は女将に部屋を用意するよう頼んだ。

修羅場化を心配して遠巻きに見ていた女将は、安堵して準備に向かった。
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