いつも、雨
不意に、領子(えりこ)が振り返った。


「……どうかいたしましたか?」

領子の視線を追った要人(かなと)は、そこに血を分けた娘を見つけた。

妻が産んだ娘の由未(ゆみ)ではなく、領子が産んだ、娘とは口に出して呼ぶことのできない娘の百合子(ゆりこ)だ。


……おやおや……こんなところで……。


さすがに、要人は苦笑を禁じ得なかった。



ここは、表向きは料理旅館だが、江戸時代からひっそりと営業を続けている、由緒正しい「出逢い茶屋」だ。

ガイドブックには乗らないし、メディアに紹介されることもないので、現在では訳ありの政治家や芸能人の逢瀬に使われることも多い。

洛外の、多少不便なところに立地しているので、要人と領子はめったに利用しないのだが……これもご縁、巡り合わせだろうか。




「先、飯(めし)、頼むわ。一気に持って来てくれたらええし。早(は)よ、してな。」

領子の同行者の男が、女将にそう指示しているのが聞こえる。


ふるふると、領子の肩が揺れ始めた。


要人は、そっと領子肩を抱くと、耳元で囁いた。

「お相手は、碧生(あおい)くんではありませんね。……どうされますか?」


夫以外の男と、平日の昼間に隠れ宿にいる。

それがどういうことかは、考えるまでもないだろう。


娘が浮気を、不倫をしている……。

自分もまた同じことをしているということはすっかり失念して、領子は怒りで真っ青になった。


領子は、要人の手からすり抜けると、まっすぐに娘の百合子の元へと駆け寄った。

「百合子!あなた、こんなところに!」


振り返った百合子は、大きく目を見開き、口元を両手で覆った。

百合子の持っていた小さなバッグが床に落ちた。


「お母さま……。どうして……。」

驚く百合子の手首を、領子が捉えた。

「帰りますよ。」

領子は小声でそれだけ言って、百合子を引っ張ろうとした。


しかし百合子は動こうとしなかった。
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