いつも、雨
橘千秋氏は、七日ごとの逮夜にも家族の一員のように列席した。


「本来なら愚息が来るべきなのでしょうが……勉強が遅れているもので、申し訳ありません。」

まだ高校1年生なのに、千歳は大学受験に向けての勉強を強制されている。


「いえいえ。千歳くんは真面目やから。頼もしいですなあ。なあ?領子。」

兄にそう振られても、領子は曖昧な表情で会釈することしかできない。


千秋氏は、領子の奥ゆかしさに目を細めた。


生まれた時から綺麗な子だったが、このところの成熟ぶりには驚くばかりだ。

悪い虫がつく前に、いっそ我が家へ囲い込んでしまおうか。

……いや、それでは千歳の勉強に障りも出るか。

とにかく、結納だけでもしておくべきだろう。


「領子ちゃんは、……いや、失礼、もう領子ちゃんとはとても呼べないね。領子さんは、愚息と違って、優秀で……成績もいいそうですね。頑張ってらっしゃるんですね。……小学生の時のことしか知らなかった愚息は、領子さんの席次を聞いて焦ってましたよ。……いい刺激になったようです。」


「……お恥ずかしいです。」

小学生の時の成績の悪さを思い出して、領子は本気で恥じらった。


耳まで赤くなった領子を、千秋氏はますます好ましく感じた。


「やー。優秀なんは、家庭教師のほうですわ。……なあ?」

パタパタと大きめの扇子で扇ぎながら、兄の恭風がうれしそうに言った。


「……はい。わたくしには、授業だけでは、よくわかりませんので。」


千秋氏には、領子はどこまでも謙虚に見えた。

でも実際には、こんな場でも、要人が褒めてもらえることを、領子は単純に喜んでいた。


「では本当に優秀なかたなのですね。愚息の面倒もみていただきたいたいぐらいです。」

もちろん、社交儀礼だ。

しかし、領子は慌てて顔を上げて、ふるふると首を横に振った。



……ダメ。

ただでさえ忙しい竹原を、これ以上……待つのは嫌。

そんな時間があるなら、わたくしのそばにいてほしい……。

少しでも、2人の時間が欲しいのに……。
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