純粋な思いは危険な香りに誘われて
1.吸ってみて
「キスとかすげえし俺!」


ガヤガヤとうるさい店内で彼の声だけがあたしの耳に届いた。隣にいる彼──今井くんはジョッキ片手にケラケラと笑っていた。


酒が入りちょっとの際どい単語など簡単に笑い話になる。下ネタに入るほどでもないけど、真っ昼間の素面の状態では言えないこともここでは言えてしまう。


「俺の吸引力舐めんなって。一瞬で全部吸っちゃうし!」

「よしじゃあやってみろよ」

「残念。ここにタピオカなかったわー」


キスという単語により男子達は大いに盛り上がっている。


今日は大学の同級生との飲み会だった。全員知り合いだから合コンとは違うけど、男女4人ずつの8人で席は埋まっていた。


そもそもの発端は一人の女子がドリンクに入っているタピオカがなかなか吸えないという話だった。


その話に乗っかった今井くんが「俺けっこう簡単に吸えるよ。掃除機と吸引力変わんないし」と言い、さっきのキス発言に繋がったわけだ。


わけがわからない。わけがわからないけど、なんだか楽しい気分になっていた。


あたしも今井くんの言葉に笑って「じゃあさじゃあさー」と隣の彼の肩を掴んでいた。


「そんなに自信があるならあたしと試してみますかー」


そして、楽しい気分に飲まれたあたしは笑いながら言ってみた。この場の軽いノリで、自然に見えるように。


本当はけっこうな勇気を振り絞って言ったのだけどそんな素振りは見せない。


「ははっ、いいねーじゃあこの後やってみる?」


今井くんは乗ってくれた。素面だったらきっと戸惑っていただろうけど酒が入ればなんでも楽しいのだ。


普段は口数は多くないけど酒が入るとこうしてみんなの輪の中で普通に話せるのが今井くんだった。無口なわけではない。たれ目でふわふわして可愛い雰囲気を持つ今井くんはいつも眠そうで、それを言ったら「バッチリ起きてるわ!」と突っ込まれた。


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