小倉ひとつ。
電話の向こうがだんだん静かになり、声はもれ聞こえない程度に小さくなって、瀧川さんの相槌もゆっくりになった。


なるべく会話から意識を外しながら、何度かお抹茶を傾ける。


「ごめん、直したらまた連絡くれる?」


しばらくして、ひと段落したらしい。


うん、よろしく。大丈夫、気にしないでゆっくりでいいから。うん。分からなくなったらいつでも連絡して。うん。それじゃあ。


そっと電話を切った瀧川さんが、苦笑いをした。


「お待たせしてしまってすみません」

「いいえ! お疲れさまです」


そんなことしか言えないけれど、必死に笑顔を貼りつけた。


お仕事ですか? なんて聞くことさえ、許されない気がした。


ああ、駄目だ。まだ駄目だ。


私、瀧川さんの一人称が私のときしか知らない。


わたくしだったり私だったり、僕だったり、……きっと俺だったりするのを、全然知らない。稲やさんでの顔しか知らない。


でも。


それでも私は、私って言う顔しか知らなくても、やっぱり瀧川さんが好きだ。好きなんだ。
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