小倉ひとつ。
「よくお礼を申し上げてちょうだいね」

「はーい」


もしまたお招きすることがあったら、是非ご挨拶させてね、と言われたけれど、機会があればね、と返しておいた。


お招きするって言ったってうちにはお茶室くらいしか目ぼしいものはないし、もうお茶は簡単なものを一服差し上げたんだし、お招きしないと思うけれど。

とりあえず、手土産のお返しは何にしようかな。


一人暮らしの方向けの手土産を検索しながら、好きだなあ、と思った。また好きになったなあ、と思った。


まぶたの裏に穏やかな微笑みが蘇る。


熱は普通、一定の時間を経ると冷めるものだ。次第に冷えて元に戻る。


長年好きなのは、冷める前に好きを重ねて熱を燻らせ続けるからなのだと聞いた。


……毎日がそうだ。眩しい微笑みに、丁寧に選ばれた言葉に、私は密やかな好きを積もらせる。


恋は盲目と言うけれど、狭くない視界でさえ素敵に映るひとが、フィルター越しなら余計に素敵に見えるのは分かりきったことだった。

その自覚もある。


……でも別に、恋は盲目でもいいじゃない。


好きです。

すきです。


重ねてきた季節の数は、両手じゃ数えきれないほど。


瀧川さんが、一息に恋が冷めるようなことをするとは思えない。


どんなに思い描いてみても、瀧川さんはいつも礼儀正しい。


何もなければきっと、このままずっと折り目正しい月日を積み重ねていくんだろう。


ねえ、瀧川さん。


日ごとに深まる恋の濃度を、ひとりきりのときだけは、押し込めずにいてもいいですか。
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