旦那様と契約結婚!?~イケメン御曹司に拾われました~
静かな住宅街にあった、少し古い洋館風の一軒家は、当時20歳になるかといった年齢の、若い男のひとり暮らしには充分すぎるほど。
けれど、元の住人がピアノ部屋として使っていたという一階のあの部屋がとても気に入って、見に行ったその日に即決で買うことにした。
日本に帰ってきたときにはその家で暮らし、部屋にこもってピアノを弾いた。
ひとりきりで集中できるその部屋は、俺にとって仕事部屋というよりは、とっておきの隠れ家のように感じられたんだ。
そんな日々の中、異変を感じたのは21歳を過ぎた頃からだった。
練習後に感じるようになったかすかな痺れと親指の違和感。
その時は、疲れが出ているのかもしれないとあまり深刻には考えなかった。
けれど、徐々に少しずつはっきりとしていく違和感。
それでも俺は、大丈夫、と自分に言い聞かせ見て見ぬふりをした。
海外での大きな演奏会がひとつ終われば、CDの発売が待っている。それを終えれば今度は国内での演奏会……ひっきりなしにスケジュールは詰まっているし、それだけ自分の演奏を待っている人がいるということだ。
休めない、止まれない。
今思えば、ここで立ち止まる勇気を出すべきだったんだ。
そんなことが勇気だと知らなかった自分は、ひたすら止まることなく弾き続けた。
けれど、その日はやってきた。
それは忘れもしない、7年前。23歳の春、パリで行われた演奏会でのこと。