旦那様と契約結婚!?~イケメン御曹司に拾われました~
「……家のピアノを見てると、思い出すんだよな。ひたすら練習してた、昔のこと」
不意に彼がこぼすのは、その胸の内の思い。
「そもそもひとり暮らしで一軒家を選んだのも、あの家を選んだのも、あのピアノをいい条件の場所に置きたかったからなんだ」
「ピアノの、ために……」
いい場所に、いい環境にピアノを置きたい。だからあの家に住むことを決めたんだ。
それを思うと、あの日当たりのいい部屋に、黒く大きなピアノがよく似合う理由が分かった気がした。
「昔からピアノ弾くのが大好きでさ、いつしかプロって呼ばれるようになって、それでもただひたすら弾くことだけが楽しくて。……なのに、いきなり動かなくなるなんて」
瞳に悲しい色を見せながら、ピアノを撫でる彼の指先は細く長く、繊細さを感じさせる。
「時々痛みを感じるような違和感はあった。けど、まさかそれが演奏会の途中で手が動かなくなるとは思わなかった」
「演奏会の、途中で……」
「情けないよな。手は治ってるのに、トラウマのせいで人前ではピアノが弾けなくなるなんて」
たくさんの人の前で、手が動かなくなる絶望感。
それはどれほどまでに恐ろしいことだろうと、想像しただけで、目の前が真っ暗になる。
楽しかった日々も、襲い来る絶望も、全てを思い出してしまうから。
だから彼は、あの部屋に全てを封じ込めたんだ。