長い夜には手をとって


『どうしてあんなことに!私はもしかしてもしかすると彼に好意を持たれているのだろうか!?』

 そんな風に考えては、すぐ次の瞬間に、

『いやいや、落ち着くのよ凪子!彼は健康な成人男性なのだ、ふとそんな気になってしまうこともあるかもしれないではないか(それだと妙~に悲しいが)!』

 などと考えて、激しく頭を振ってしまう。

 実際に一緒に住むまでは、いくら綾の弟と言ったって見知らぬ男、もしかしたら暴行を受けるかもしれないし、酷い目にあわされるかもしれないと考えて真っ青になっていたことだってあった。個人の部屋は和室だからドアは襖で鍵もかからないし。だけどいざ蓋を開けてみたら伊織君はえらく紳士的だったし、そもそも顔を合わせない。だから私は油断していたと言える。

 だけどそうなのだ!伊織君だって妙齢の男性、ついその気になった時にたまたま同じ年くらいの女がいて、生理的に嫌いなどではなかったらふら~っといっちゃうことだってあるはずなのだ~!

 拳を空高く突き上げて、そう言いきかせてみたり。

 それでも、ふと、彼の唇の柔らかさや舌の熱さを思い出してしまうと、もう自分でもやばいだろうと思うくらいに、妄想の世界へ飛んでしまう。

 漫画みたいにお目目がハートマークになってしまって、きっと足は地上から3センチは浮いているはずだ。ピンク色のバラが咲き誇り、黄色い豚に羽が生えて飛び回る世界へぶっ飛んでしまって、制御出来なくなる。

 これは恋心なんかではなく、太古からの本能によるものだ、と自分に言い聞かせること数回。

 恋人が長らく不在の今、口付けを交わした異性を意識するのは至極当然のことで、これは断じて恋心などではない!とマントラのように唱えること数回。


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