物語はどこまでも!

『そそのかしは、こちらの世界にまで“来よう”としている』

野々花の言葉を思い出す。
司書長に飼い慣らされたかのような『そそのかし』が、今々何かしようとする素振りはない。けれども、明確なる成長は何を意味しているのか。

未知だから殺せとまでは思わない。
危険であるかどうかの判断はその時が来なければ分からないし、その時に向けて出来うる限りの対処をするのが先決だ。

彼に言わせたら、甘い。と言われることだろう。

自覚はしている。手遅れになる前に何とかしなきゃと気を急いているのも事実だが。だからといって、“そう思うから殺す”なんて身勝手な理由で命を摘み取るわけにもいかない。

命の蘇りは、今の世でも出来ないのだから。


万能たるかの方でも叶えられないーーいや、“叶えてくれない”死者の蘇り。

「この子が怖いかしら?」

「司書長の身に何かあったらと考えると」

怖かった。見知った人がいなくなるのは。命は多数だ。『そそのかし』の命に視点を向けた矢先、今度は司書長の命にも。さらに言えば、野々花や図書館スタッフ、訪れる子どもたちにまで何かあったらとーー気を急いているのはそのせいだ。

ならば元凶を消せばいいとの話になるが、それだとまた『出来ない』との振り出しに戻る。

願わくば、『そそのかし』の正体が何であるか分かるまで手の届かない場所に置いてほしいのだけど。

「心配してくれているのねー。大丈夫よ。この子がどこまで成長するかを見届けたいのもあるから、こうして一緒にいるの。性善説ってあるじゃない?私、その言葉が凄く好きなのよねー。産まれたものは全て善き心しか持っていない。成長するにあたって悪しき心を学んでしまうから、善悪というものが出来る。

なら、見方を変えれば、良い子に育てちゃえばいいってことじゃない?今、私がこの子にしているのはそれ。悪いことなんかさせないぐらい、いっぱいの愛情を注いでいるところ。人を『そそのかし』ちゃうのも仕方がないのよねー。この子たち栄養は、人の欲求だから」


悪いことをするために産まれたわけじゃない。いい言葉を聞いた矢先に、「え」と声を出してしまうことも聞いた。

「欲求、ですか?」

「ええ。見ての通り成長しているでしょ?シナモンロールで成長しちゃうのかしらー、なんてこともなく、色々食べ物を与えて育ててみたのだけど、大きくなることはなかった。時間経過と共に?とも考えたけど、それよりも試したかったことがあったからやってみたのー」

シナモンロールを食べた後も、ボソボソと話続ける『そそのかし』。うんうんと、司書長は頷きながら耳を傾けている。

「小指にも満たない小さな内からお喋り出来るなんて偉いじゃないー?それと同時に、どうしてこの子は『そそのかし』をしているのかしらとずっと思っていたのよねー?人か産まれた瞬間から呼吸をするように、この子が喋るのも生きるためーー生きて健やかに成長するために、『そそのかし』(おしゃべり)をしているのだとしたらー、って勘で『そそのかされた』通りに自分の欲求に忠実に動いてみたら、おててが生えてきたのよねー」

もう、びっくりよー。と『そそのかし』の手と握手する司書長にはなんと言葉をかけるべきか。

賢いはずなのに、軽すぎて凄いとの表現が似つかわしくない。くじを引いたら当たりが出ちゃった的な感覚で未知の究明に大きく近付いているなんて。

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