物語はどこまでも!
は?な気分を味わっていれば王子様スマイルで続けられた。
「平坦な毎日の中、少し変わったことをしたがるのは致し方がないことにしても、今回は度が過ぎましたね。単調な場面と台詞ばかりですから、飽きるのも無理ないことですがーーだからこそ、それをこなすことなど造作もないというのに。図書館の方々にはいつもご迷惑をかけます。なるべくこちらで解決出来ることは手を尽くすのですが、今回は小人や白雪姫たちの身勝手が過ぎた。私も時折、ページ外より語りかけていたのですが、暖簾に腕押しという耳にした言葉を思い出すほどにどうすることも出来ませんでした。
ですので、本当に助かった。場面一つも動かせない腐ったインク共ーー失礼、方々を説得し、こうして無事にまた物語を終えることが出来ますので。鮮やかな手腕でした。おかげで私は、無駄な労力を使わず単に醜い肉玉にーー失礼、台本通りに美しき姫君にキスをするだけで済んだのですから。私たちはまた物語として生きる価値を得ることが出来た。ありがとうございます」
色々と言いたいこと、主にツッコミ方面の言葉が湧いてきたのだけどあまりのことに言葉が出ない。代わりと言わんばかり、隣にいる彼が言葉を出す。
「相変わらず、お前は役者として一流だな」
「本来あるべき形であり、今となっては理想的な形でしょう、聖霊さん。産まれた場所と意味を私は自覚しております。何万回でもこのストーリーを繰り返すつもりですよ。例え、会うことが出来ない相手であっても、役者として他の腐ったインクに口付けすることになっても、私を生み出し育んだ愛する作者のためならいくらでも私は『王子様』としてあり続けましょう」
「報われない想いだな。被虐心の塊にしか見えない」
「ええ、でも。それでも、愛情とはそんなものですよ。分かっていても消えてはくれない。想い続けてやれることをやるしかないですから」
ね?と、セーレさんに向けられた瞳が私に移る。そうして、「聖霊さんをよろしくお願いしますね」とお決まりの言葉を言われた。
「聖霊さんは報われたようで何よりーーおっと、これはまだ彼女には秘密でしたか。すみません、意地悪です。物語のネタバレはやめておきましょう。私は、私の物語を進めます」
では、ごきげんよう。と、私の手の甲に口付けをした王子様。反射的に彼が王子様に食ってかかろうとしたところで、物語は『はじまりはじまり』に戻った。
「っ、あの腹黒王子が!」
忌々しくも、いない人には拳は振れない。消毒だと『上塗り』しようとする彼をかわしつつ、前々から疑問に思っていたことを口にした。
「セーレさん。私たちってーー」
口にしたはずが、出てこない。ここまで来れば、ネタバレも何もないだろう。誰でも最初から予想出来る。
絵本の中でセーレさんと行動してから、住人たちに『良かったね』と祝福される彼。そうして、何より彼は私にーー私が“初めて出会ったと思っているあの時から、既に”。
「……」
その食い違いは彼に聞けば、“最初”から話してくれるだろう。でも、終ぞ言葉に出来なかったのは何故だか罪悪感にかられてしまったから。
罪を被った自覚はないのに、罰に怯えてしまっている。自身から自身へ向けられる強烈な“軽蔑”だ。ネタバレとはよく出来た言葉だ。その本を持ちながらにして、そちらは読まず、あえて別の場所でその内容を知ろうとするなんて、失礼にもほどがあるだろう。
私が彼に聞こうとしているのは、正にそんなことな気がした。これは私自身が読まなければならない物語であり、彼にとってはきっとーーずっと、想い続けてきたたった一つの感情なのだから。