今夜、きみを迎えに行く。
髪と身体を手早く洗って、首までちゃぽんと湯船に浸かると、ふと昔の記憶を思い出した。
忙しい母親と父親に代わって、わたしといつも一緒にお風呂に入ってくれていたのは祖母だった。
「おかあさんとはいりたい」
とわがままを言って、祖母を困らせたこともあった。そんなとき、決まって助け船を出してくれたのはまだ生きていた祖父で、お風呂で遊ぶための玩具を買っては、わたしにプレゼントしてくれた。
お風呂でしか使えない、音の鳴るじょうろや水をかけると回る水車のおもちゃは、小さなわたしにとって最高のプレゼントだった。
喜ぶわたしを見て、優しい顔で笑う祖母の顔を今でも鮮明に覚えている。
あのおもちゃたちは、もう捨てられてしまったのだろうか。
お風呂上がり、半ズボンとタンクトップだけを着て、慣れない手つきでバスルームの壁や鏡や床や浴槽をごしごしと磨いた。
すっかりピカピカになったバスルームを見ると、沸き上がる達成感。
課題3、②、なんとかクリア。
一息つくと、バスルームの扉ががちゃりと開く。
「葵?なにやってんだそんな格好で」
タンクトップに半ズボン、濡れたままの髪の毛をゴムで団子にして掃除用のブラシとスポンジを持ったわたしを見て、いま帰ってきたばかりらしい、まだスーツ姿の父親が目を丸くしている。
「あ、えっと、お風呂の掃除…」
「ええ、葵がか?」
ますます目を丸くする父親。そんなに驚かれるとは思ってもみなかった。なんだか急に恥ずかしくなる。
「え、あ、うん」
「…そうか。せっかくだから、入らせて貰うよ。湯船にお湯はってくれるか」
父親が、にっこりと笑って言った。
嬉しそうな顔。久しぶりに見た、わたしだけに向けられた、父親の笑った顔。
「うん、すぐに用意する」
「ありがとう、葵」
父親に、ありがとう、と言われたのなんていつぶりだろう。ひょっとしたら、幼稚園の頃、父の日に肩叩き券をあげて以来かもしれない。