魔法をかけて、僕のシークレット・リリー
ぐさりと突かれた胸中は、息を詰まらせるのに十分だった。
出て行きたい? 私がここを?
そんなはずはない。だってみんな温かくて優しくて、居心地が良くて。
『もう時期、帰ってくる。蓮様の婚約者が』
どうしてこんなに後ろめたい気持ちになっているのだろう。
逃げたい、会いたくない。違う、そんなことを思ってはいけないのに。
「まあ、君があのお坊ちゃんの影響下から外れるとなったら、やりやすくて助かるけどね。彼、仕事だって言っても僕のこと信じてくれなさそうだし」
冗談めかして茜さんが言う。どう返せばいいか決めかねていると、「おーい、無視?」と呼びかけられた。
「あ……すみません。あの、蓮様は少し人見知りなだけだと思うので……」
「あはは、何言ってんの。御曹司が人見知りでまかり通るわけないでしょ。第一、最初の挨拶はしっかりしてたんだから」
だからといって、蓮様が茜さんをあまり得意としていないということを伝えるわけにもいかず。
シャイな方なんです、と苦しい言い訳を付け足せば、茜さんは「違うよ」と否定した。
「彼は君が離れていかないか、気が気じゃない。繋ぎとめておきたいんだよ」
――それは一体、どういう。
わいた疑問を聞く間もなく、茜さんは「それじゃあ十六日に」とあっさり通話を終えてしまった。
訪れた静寂に、雨音が混じっていく。
思考は濁って、いっそ全て洗い流してしまえたら、と外の木々に焦がれた。