魔法をかけて、僕のシークレット・リリー



翌日の朝は、生きた心地がしなかった。

葵様を起こしに行き、背中に乗せて一階へ下る。もはや五宮家のモーニングルーティンと化した光景に、誰も突っ込まない。

既に食堂へ到着していた蓮様を恐る恐る眺めたけれど、彼の様子はいつもと変わらなかった。

しかし私の心配は、全く予想していなかった形で具現化することになったのである。


「僕、クサカがいい!」


朝食の真っ只中。突如声を張り上げた葵様に、その場全員の視線が向けられた。


「クサカはいっぱい抱っこしてくれる! サトーよりも高いところに乗せてくれるもん! 兄さま、僕にクサカちょうだい!」

「あ、葵様……」


この年頃の素直さは時に残酷だ。あまりにも直球な物言いに、草下さんが戸惑った様子で葵様と私を交互に見やる。
……正直、ドストレートに「いらない」と言われてしまい、メンタルへのダメージがすさまじかった。

完全に凍り付いた空気の中、蓮様が口を開く。


「いいよ」


たった三音の承諾に、ますます場の空気がひりついた。
私はといえば、今回こそクビだろうか、と回らない頭でぼんやり考える。


「ほんと!?」

「うん。その代わり、」


かちゃ、とカトラリーを置いた蓮様が顔を上げ、こちらに視線を投げた。


「葵の執事、僕にちょうだい」

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