祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「ヴィ、ル」

 ぎこちなくではあるが、リラの口から自分の名前が紡がれたことに満足し、ヴィルヘルムは離してやるどころか、さらに距離を詰めた。そのことにリラは目を見張る。

「あっ」

「いい子だ」

 その瞳を見つめながら、吸い寄せられるように、リラの唇に自分のを重ねようとしたところで

「あのー。お楽しみのところすみません」

 こほんっと咳払いひとつ。ただでさえ外気に晒され、冷えている部屋の温度がさらに下がったと感じたのは誰なのか。

 ヴィルヘルムの腕の中で目を開けたまま固まっているリラに対し、ドアのところからエルマーは気にする素振りもなく続けた。

「言っときますけど、ヴィルが僕を呼んだんですよ? タイミングの悪さはご自分を呪ってくださいね。それとも、見せつけるためにわざとです?」

「だったら、どうなんだ?」

「それは残念。やり方を間違えましたね」

 ヴィルヘルムは苦虫を噛み潰したような顔で、エルマーに視線を投げかけ、リラをゆっくりと解放した。そしてなんでもなかったかのようにエルマーに問う。

「メラニーは?」

「ヴィルの指示通り、オスカーが付き添い、向こうの部屋で休んでいます。そばにはクルト先生が。で、この部屋でなにをするんです? 密談や逢瀬を楽しむのには寒すぎですよ。なにより開放的すぎる」

 寒さに肩を縮めながら、ガラスの割れた窓に向かってエルマーは一直線に歩み寄った。わざとらしく、窓から首を出して、外の様子を見つめる。

 そこでリラは、窓が割れたときに見えた手のことについて思い出し、遅ればせながら報告した。
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