祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 後宮に足を運ぶのは、最近もあったことだ。しかし今回は事情が違う。ヴィルヘルムは蝋燭を灯して足元を照らし、少しだけ緊張した面持ちで、目当ての部屋をノックした。中から返事はなかったが、かまわずに開ける。

 部屋には、甘ったるい匂いが充満していた。そのことに反射的に眉をしかめる。部屋の主であるドリスはベッドの上で平伏していた。長いウェーブのかかった金髪が惜しげもなく広がっている。

「面を上げろ」

 外套を脱いで静かに告げると、ドリスはゆっくりと頭を上げた。年は間もなく十九になると聞いている。父親ではなく、母親に似たのだろう。

 青い瞳にくっきりとした目鼻立ち。それでいて従順そうな雰囲気を醸し出している彼女は、後宮などに入らなければ、とっくに結婚していたに違いない。

「陛下がいらしてくださったこと、心から嬉しく思います。ずっと、ずっとお待ちしておりました」

 彼女の声は、こんな声だったのか、とヴィルヘルムは思った。どこかねっとりと、耳にまとわりつくように響く。ためらいながらもヴィルヘルムはベッドに近づいた。

「ひとつ、尋ねてもかまわないか」

「はい。なんなりとお申しつけください」

 恍惚の表情を浮かべて、ドリスは頭を下げる。

「ここで、噂になっていることだ」

「噂……ああ。陛下が魔女を飼い慣らしているというものですか? 陛下は普通の女性に興味はなく、闇に魅入られてしまったのだと。もちろん、私は信じておりません。こうして、陛下が会いに来てくださったのですから」

 妖艶な笑みを浮かべて、ドリスは大胆にも、ヴィルヘルムの首に腕を伸ばして、自分の方に体を寄せた。その腕の力は思ったよりもずっと強く、振りほどくことができない。
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