祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「綺麗ね」

 ぽつり、とローザが呟く。自分の手の中で咲き誇る薔薇は見事だった。見たい!と言っていた薔薇をこんな形で目にすることになるなんて、なんとも皮肉だ。付き人もちらりと薔薇に視線を送る。

「薔薇の、ピンク色の薔薇の花言葉はご存知ですか?」

「いいえ」

 ローザは静かにかぶりを振る。カミュはしばらく迷ってから躊躇いがちに口を開いた。

「感謝、温かい心……恋の誓いという意味があるそうですよ」

 ひとつひとつの意味をじっくりと噛みしめる。『お前の薔薇だ』とぶっきらぼうに言って自分に薔薇を差し出してくれたフェリックスの声を思い出す。そして自然と紫色の瞳から透明の液体が零れはじめた。

『お前でいいんじゃない、お前がいいんだ』

「本当に、嘘がお上手すぎですよ、殿下」

 嗚咽混じりに呟き、堰を切ったように涙が止まらない。薔薇に滴が落ちて花弁を濡らしていく。しばらくの間、押し殺すような泣き声だけが馬車の中に響いていた。

 ローザはカミュと共に、未開発であり国境の境目にあたるゲビルゲ山脈の小さな村に送られることになった。城の者たちで事実を知るのは残された方伯たちとフェリックス、そしてヨハンだけ。

 オステン方伯は自身がすべての真実を背負う代わりに、ヴェステン方伯とノルデン方伯はそれぞれ悪魔を封じたローザのことを伝えることになった。

 どうか国王になりしものと、ズーデン家の血を引く者が末裔まで交わることがないように。
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