祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「リラ、お前……」

 ヴィルヘルムの顔がわずかに曇る。その名を知らないわけがなかった。

「どうした?」

 なんでもないかんもようにルシフェルが闇の中から姿を現す。その人間離れした妖艶たる姿にヴィルヘルムは息を呑んだ。リラはかまわずに続ける。

「私、あなたと契約する。あなたの望むものをあげるわ、誓約も守る。だから、こんなところからさっさと連れ出して」

「待て、リラ。契約ってどういうことだ? お前、自分が誰を相手にしようとしているのか、分かっているのか!?」

 ヴィルヘルムがリラに詰め寄ろうとするも、クルトに制される。リラはヴィルヘルムに背を向けた。

「さようなら、ヴィルヘルム陛下。もう二度とお会いすることはありませんけど」

「やれやれ。連れ出すのは契約内容に入っていなかったが、まぁ、いいだろう」

 ルシフェルが面倒くさそうにリラに手を差し出した。リラはおずおずとその手を取る。

「リラ、行くな! お前は私のものだろ」

 必死に叫ぶヴィルヘルムを、ちらっとだけリラは紫の瞳に捉えた。憎悪まみれの目を向けられると思っていた。でも、そこには裏切られて傷ついたような表情をしたヴィルヘルムがいる。そんな顔を見るのは初めてだ。

 最後に見るのが、そんな顔だなんて。

 そうさせたすべての原因は自分にある。リラはルシフェルと共に闇に消えていった。それからリラが姿を現すことはなかった。
< 220 / 239 >

この作品をシェア

pagetop