祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「そういえば、最近どこかみんな慌ただしいみたいだけど、なにかあるの?」

 元々部屋からあまり出ないリラではあったが、最近は廊下によく人が通り、城の者がなにやら忙しそうにしている気配を感じ取っていた。フィーネはドアにちらりと視線を投げかける。

「ええ。近々、久々に舞踏会を開くらしいんです。ヴィルヘルム王が即位してからはあまりなかったので、その準備に忙しくて」

「そうなの」

 舞踏会というのは、リラにとっては未知の世界だった。知識だけならどんなものか知っている。ある程度の階級層の者たちだけが参加することを許され、豪華絢爛な大広間で、心地よい音楽に酔いしれながら踊りを楽しむのだ。

「陛下のお眼鏡に適う女性がいらっしゃるといいんですが」

 フィーネの何気ない一言にリラは心臓が鷲掴みされたように苦しくなった。舞踏会は若い男女の出会いの場であるとも聞いたことがある。つまりヴィルヘルムが気に入る女性を探すための場でもあるのだ。

 ズキズキと痛み出す胸をそっと押さえた。なんでこんな気持ちになるのかリラ自身よく分からない。そんなリラの気持ちなど知る由もなく、フィーネは頬に手を添えてなんだか浮かない顔をしている。

「どうかしたの?」

 リラの問いかけにフィーネは苦々しく笑った。

「いえ、舞踏会が開催されることは喜ばしいことだと思うんですが、そうなるとまた、“歩く死者”が出たみたいで」

「歩く死者?」

 おうむ返しに尋ねると、フィーネは躊躇いながらも口を開いた。

「リラさまだから言うんですけどね、舞踏会が行われる広間にはバルコニーがいくつもあるんです。ですが、そのうちの一番大きいメインのものは、立ち入りが禁止されていまして……」

 目を泳がせながら、フィーネはまるで内緒話でもするかのように口の横に手を当てて小声で続けた。この部屋にはリラとフィーネしかいないのだが。
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