祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「この前の舞踏会で気になった娘(こ)がいたんだけど、声がかけられなかったんだ。そっちで招待客は把握してるだろ?」

 ヴィルヘルムは心の中で舌打ちした。自分も人のことは言えないが、ブルーノは身を固める気配をまったく見せず、いつも様々な令嬢と浮き名を流している。

「そんなくだらないことに手を貸す義理はない」

 手を休めることなくヴィルヘルムは返す。ブルーノはわざとらしく口を尖らせた。

「義理はあるだろ。手間はとらせないって。特徴的ですぐ分かると思うんだけど。隠すようにしていたけど、銀色の綺麗な髪をしていたんだ」

 ペン先がわずかに滲む。それを知ってか知らずか、ブルーノはかまわずに続けた。

「舞踏会が始まる前に見かけたんだ。そのときは別の令嬢の相手をしていたんだが、一瞬にして目を奪われたよ。舞踏会の間中、探したんだが見つからなくて」

「幻でも見たんじゃないのか?」

「見てないって。顔と目はいいんだ。知ってるだろ?」

 仕上がった書類を軽く持ち上げると、そばに控えていたクルトが無言で受けとる。やはりその眉間には線が刻まれているが、これが彼にとっては普通なのだからしょうがない。

 ヴィルヘルムはブルーノの相手をしないことを決め込み、次の紙に手を伸ばした。目の前の男からは、そういえば、とさらなる言葉が衝いて出る。
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